近況報告。交通事故をおこし、新しいことが覚えられない脳の病気になりました。

 

1月に岐阜県白川村(当時の自宅の近く)で単独の交通事故をして、「外傷性くも膜下出血」をおこし、新しいことが覚えられない脳障害(高次脳機能障害)を発症しました。こちらで闘病記を残します。

今は東京赤羽で、リハビリ病院に入院して自分でできることを増やしています。もともと運転センスはなかったので車から離れるいいチャンスだったと捉えてます。入院(たぶん初体験)したから出会えた素敵なご縁も沢山沢山沢山ありました。

相変わらず人には(患者さんの仲間にもリハビリの先生たちにも看護師さんにもお医者さんにも)めちゃくちゃ恵まれています。

誰も事故で傷付けなかったのと、性格まで変わらなかったことと、幸せな記憶が沢山残っていることに救われています。体はとても健康ですが心が状況整理にまだ追い付いていません。

出来なくなったことばかり気になるので前向きに両親や今までお世話になった人たちより早く死なないように頑張って強く生きます。

記憶障害は時間の流れに委ねるとして、(時間が大きな味方になってくれるそうです。とても勇気づけられます。若くても悪いことだけじゃないですね。)まずは支えなく自分で歩けるようになりたいです。

生かされた意味はお世話になった人たちを悲しませないためだと思います。自分が泣く方が良いのできっと自分で選んで生きてるんだと思います。

今も白川でお世話になった沢山の方々や、教えていたかやっこ劇団の子どもたちの頑張っている姿、石垣の友達たち先輩後輩たちからの連絡、島の恩師や家族の存在に強く支えられています。

新しいことが覚えられないので仕事復帰は難しいと思いますが社会復帰めざして あまり先のことを心配せず今はひとまず目の前のリハビリ頑張ります。最初はまだリハビリ病院みたいに理解あるところじゃないとパニックになると思います。

これまでお世話になったみんなの幸せをささやかながら祈ってます。

きっと乗り越えられない試練はふってこないはずですよね。魂の修行、引き続き頑張ります💪

お見舞いの品やお金を贈ってくださった皆さんに心から感謝します。

石垣の中学時代の恩師から人生楽しんだもん勝ち!と言われました。そう思えるように前向きに強く生きます。

また今回の事故をきっかけに、同じような辛い経験をした話を友人や先輩たちから聞くことが増え、本当の意味で痛みを知って人に寄り添うことができてきたのかなと思っています。

この闘病記が誰かの糧になることを祈って。

4月に書いた近況報告を読んで今改めて思うこと。

2020.7.22.

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身。早稲田大学進学のため上京。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。24歳の冬に単独の交通事故をおこして、岐阜・東京の病院での入院・リハビリを経て、25歳現在は地元の石垣島北部にある実家で療養中。 対話・福祉・コミュニティ形成などに興味があります。白くまアイスと、味噌汁と、踊ること、撮ること、書くことが好き。