いまは非公開にしてある、かつての活動の記録などが残っている 白川村地域おこし協力隊のFacebookページ

今日、どういう流れでか数年ぶりにこのページを開いて。(ページ管理者のメンバーは非公開にしてからもずっと見れる状態)

当時の写真や文章を見ていたら、色んなことが懐かしくなったので、(関係者にしか需要ないことも分かってるけど)アイコンとヘッダーの写真だけでも、記録します。

時間の流れを感じて、色んな気持ちになる、アイコン写真。

1つ1つの写真や投稿に、当時リアクションを返してくれてた村内外の方々からのコメントとかがついてて、なんだかとっても懐かしかったよ。

集合写真、じゅんたさん(1期)とふうちゃん(3期)が一緒に写ってる写真がないんだね。いつか、もし奇跡的にまたみんなが集結することがあれば、8人で撮りましょう・・・!

この人がいなければ、私たち8人(+そのご家族)の人生が 白川村と交わることは、多分なかった。高島さんも一緒に写ってる、貴重なヘッダー写真。

写真も、コメント欄も、投稿も、今になって見ると、ひゃ〜このときはまだこんな距離感の関係性だったんだ!って人がいたり、こんなイベントしたな〜とか、こんな時期あったね〜とか、そうだこんな生活してたよな〜とか、本当に色々、懐かしくなりました。

私は、社会人初のキャリアを積ませてもらった場所が 白川村で、色んなことを教えてくれた存在が、このときここで出会えた人たちで、本当に幸せだったなと、改めて 沢山の人への感謝を感じました。

という、2022年3月の記録。

私は、最近少しづつ、体と心に余裕がでてきたと感じています。

まだまだ 色んな思考スピード・作業スピードは遅いので、考えるのも 行動を形にするのも、前の何倍もかかってしまっていますが、

日常の中で感じたことや 残したい気持ちなんかを、これからまたちゃんと時間作ってブログでも書き留めていきたいと思っています。

(決意は、口にすることや、人に見てもらえる場で言葉にして書くことで、前に進む力を生んでくれると感じているので、書きました。)

ちなみに、いま毎日リアルタイムでの更新をしているのは、Instagramのストーリーズだよ。(いつもハイライトに蓄積してはいるんだけど、そのやり方だと分かりやすく時系列でのストックができないのを、難点だなと思っているよ。)

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ABOUTこの記事をかいた人

1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものかを学ぶべく、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。2020年に交通事故と入院生活を経て、帰島。現在は社会復帰と復職の真っ最中。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。実体験を伴わない、頭でっかちな言動をとらないように、という自戒も込めて。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが、今の目標。)ヒトを含む動物が好き。食べるのが極端に遅い。けど食べることは大好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。 かっこ悪いとこも、余裕のなさも心の波も、何も隠せなくなったので、これからはもっと人間臭く、生きていこう。