事故後から付き合っている複視(目に映るもの全てが二重に見える症状。私の場合は両眼複視。片目を閉じると普通に見えます。)による見えづらさをカバーするために、日頃から片方の目に張っていたシール式の眼帯を「試しに一旦外して生活をしてみよう」と担当のPTさんが提案してくれて、今日から目のリハビリの一環として両目で見てもはっきりピントが一致するように訓練をしているんだけど、これが、めっちゃ眠くなる。

両目の情報が一気に脳に来たから、やっぱり脳が受けとる情報負荷が大きくて、脳のストレスが増えているんだね。

転院当初は、いつもひたすら眠かった理由が、ちょっと分かった。

事故後救急搬送してもらった岐阜高山の赤十字病院にいた頃の映像を両親から見せてもらったとき、リハビリ途中でも、私がまるで気を失うかのような感じで担当してくれていたPTさんに倒れ込んでいて、それを初めて見たときは、もちろん当時の記憶はなかったから、びっっくりして衝撃を受けたんだけど、多分それくらい、目に映る情報量の負荷に、脳が耐えられていなかったということだったんだね。

あと当時は、リハビリ中でもご飯中でもお見舞いに来てくれた方との面会中でも、もうひたすら「そんなのどうでもいいから、早くベッドに行きたい」を希望していたそうです・・・(笑)ただただ眠気に負けて睡眠最優先になっていた頃の私を知る方、激しくごめんなさい。

赤羽リハビリテーション病院への転院当初にSTを担当してくれていたO先生が、眼帯をつける提案をしてくれたそうなんだけど、おかげで、その後はまともにリハビリができていたよ。

今の状態は、両目で見ると、どうしても二重に見えちゃう範囲はあるけど、重なって見えちゃう見方と重ならずにくっきり見える見方を 意識してチェンジすることができる範囲もある、という感じです。はっきり見ようと脳や目が努力しているから、こんなに疲れるんだと思います。

ちなみに、この記事を書いているときはしっかり両目で見てパソコンで文字の入力を頑張っているよ。誤字脱字とかあったら教えてください🙇‍

自然の回復能力を信じよう。

私が好きだった沖縄本島出身の可愛いおばあちゃん(東京にはお嫁に来たそう)が今朝退院された。退院時には こうやって2階のエレベーター前まで看護師さんやケアワーカーさんがスタッフ総出で見送ってくださるのです😣 退院する時間は大抵もうリハビリが始まってる時間なので、リハビリスタッフさんは居ないそう。リハスタッフさん居たら私は完璧泣いちゃうからよかった・・・😌

カレンダーめくったよ。(このカレンダーは、毎月白川村のその時期の景色が出てくるのです☺️白川でお世話になってた方が病院に送ってくれた。)

部屋が秋模様になった。いつの日か また茅刈りも行ける日がくるといいな・・・。

 

(以下後日追記)

6 件のコメント

  • 息子が脳の手術の後遺症で複視と高次機能障害と闘っています。「自然の回復能力を信じよう」の言葉に私自身前向きな気持ちになる事が出来ました。息子の明るい未来に希望が持てました。現在のお体の様子はいかがですか?教えて頂けるとありがたいです。

    • 複視の症状に関してきちんと答えられていなかったので、追記させて頂きます‍

      複視については、私は入院中はずっとあって、退院後も、受傷1年経つくらいまでは、しっかり残っていました。片目を閉じて(ウインクみたいな感じで)生活することにも慣れてきちゃっていましたが、最近はだんだんと重なって見える時間が減ってきて、受傷(発症)1年半を迎える現在は、複視の症状を感じることは、ほとんどなくなりました。

      今でもたまに、頭をたくさん使って脳が疲れているときとかには、世界が二重に見えてしまうことはやっぱりあって、そうするともうパソコン仕事とかは文字を解読するのにすごく時間がかかってしまうので、そういうときは無理せず早々にひと休み入れるようにしています。最近は30分休めば、複視の症状もだいたい回復して作業を進められるようになっています。

      明るい未来を信じて、今できることを1つ1つ、お互いに頑張りましょう

    • コメントありがとうございました!通知に気づかずお返事が遅くなってしまったこと、申し訳ないです‍

      私は入院中に「高次脳機能障害の回復には、時間の経過が大事な1要素になる。時間が必ず味方してくれる。」という言葉を聞かせてもらって、その言葉を信じて、私自身も家族も、苦しい時期を乗り越えてこられましたが、もうすぐ受傷(発症)1年半を迎える今のタイミングになってやっと、そのことを自分でも確実に実感・自覚できるようになっています。

      息子さんの現在の様子はいかがですか?若年層であれば、回復にかかる時間は圧倒的に早いと、私がお世話になった医療関係者やリハビリ関係者も、話してくれました。

      私自身、高次脳機能障害をもつ当事者の全国のオンラインのコミュニティに入っていたことがあるのですが、そこで色々な人と交流をさせてもらったときに、やっぱり若年層の回復のスピードは凄く早いなと、感じていました。

      私は暮らしている場所が田舎なこともあって、社会復帰後もリアルな場では同じ障害をもつ当事者と出会えたことはないんですが、オンラインでもこうしてご家族さまや関係者の方とコミュニケーションがとれることは、とても嬉しいです。

  • はじめまして。突然、メールしてすみません。メールをしようか何度も迷いましたが、勇気を出してメールをさせていただきました。私は、45歳の女性です。11月に脳の手術をしました。良性腫瘍みたいな物が見つかり手術しました。その影響で、手術前から複視に悩まされていて、手術が無事に終わった現在も他の症状は改善したものの、複視だけは残っていて悩まされています。目という場所は、回復にとても時間がかかる場所で、月単位で回復していくと主治医からは言われています。確かに、術後すぐよりは本当に少しずつ回復してきているようには思います。でも、視覚が変なので、日常生活の質もかなり低下していて、車の運転も出来ず、仕事復帰もなかなか出来ずにいます。
    毎日、不安になるばかりで、ネットで複視について検索ばかりしていました。そんな中で、よもぎさんのこのページに辿り着いて、時間はかかったけれど複視が改善されたというコメントを見て、どうしてもお話をしてみたくなりメールしました。今の私にとっては、希望の光のようなコメントでした。よもぎさんが、どんな経過を辿って複視が回復していったのか、また目の訓練や複視改善にやってみたことがあったら、どんな小さなことでも良いので教えていただけたら、とても嬉しいです。脳は、本当に色々と大変ですよね。
    私は、ずっと落ち込んでいましたが、よもぎさんの回復の様子から元気をもらいました。私も、前向きになりたいです。
    お時間がある時で大丈夫ですので、よろしくお願いします。
    長文になってしまい、申し訳ありません。

    • さくらさん、コメントをくださり、ありがとうございました。お返事が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。

      私も仕事や生活で、見えない不便さを感じる場面はまだまだ多いですが、受傷当初よりは格段に見えるようになってきているので、思い当たることなど書きますね。

      退院後から半年間くらい続けた、OT(作業療法士)さんから習った目の体操などもありましたが、そちらよりも、今も続けている、パソコン作業の合間合間に窓から山の中の木や遠くの景色を見る時間を意識的に増やしたことの方が、日常的に意識していることかもしれません。

      私は自分の身の回りで複視の症状に困っている方とはまだ2人しか出会えたことがないのですが、その2人とも若年層で(20代と30代)、発症原因は頭部外傷と脳炎でした。脳の手術も、人工的な外傷ですもんね。脳も急な変化に対応が追いつかないから、環境への適応にもそりゃ時間かかるよなと感じています。自分の経験や、その2人の話を聞いての主観でしかないですが、年単位での変化にはなるけど、目はゆっくりでも確かに、自分でも回復を実感できるくらいまでの状態に戻りやすい部位なのかもなと感じています。

      あと、私は最近まで複視の症状と混同してしまっていてはっきり自覚できていなかったのですが、先日コンタクトレンズの処方箋のため視力の細かい検査をしたら、複視に加えて 乱視も結構はっきりとあることが分かりました。今は複視と乱視の両方の症状を緩和できるようなコンタクトレンズを使っていますが、そのレンズを使い出してからは、生活の中で見えないことによるストレスを感じるシーンは、随分減りました。

      今はまだ脳の障害の関係もあって、運転は自信がなく再開できずにいますが、ゆくゆく視覚と脳機能どちらも自信を取り戻せてきたら、また考えようと思っています。

      見えないことって、こんなに不便で行動を制限されることだったんだな、と気づきますね。色々な困難が、道具に頼って随分改善できる便利な時代に生きていることに、感謝もしながら、その分ある日急に失うと、不便さに落ち込みますよね。お互いの回復と、明るい未来を、祈っています!

  • よもぎさん、以前にコメントさせていただいた、さくらと申します。その際は、心のこもった温かい返信コメントをありがとうございました。コメントさせていただいた頃から、約半年が過ぎて、正面の複視が少しずつ回復に向かい、今では車の運転ができるようになり、9月から仕事復帰することができました。まだ、左側を向くと複視が残っていますが、身体ごと左側を向いて物を見ることで対応してカバーしています。私は、脳幹部海綿状血管腫という病気での手術になりました。脳幹は本当に大切で、手術するにはリスクが高く危険な場所らしく、後遺症が複視だけですんだことに、今はただただ感謝しています。病気になってしまったことが、つらくなる日も多々ありますが、前向きになるしかないかなぁ…と自分に言い聞かせています。よもぎさんの返信コメントにも、本当に励まされました。複視は回復するか分かりませんが、年単位で本当に少しずつでもマシになって欲しいと願うばかりです。よもぎさんにアドバイスしていただいたように、私も遠くを見ることも心がけています。
    よもぎさん、コメントなど本当にありがとうございました。
    お互いに、脳の後遺症と付き合いながら、命があったことに感謝しながら頑張りましょうね!

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものかを学ぶべく、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。2020年に交通事故と入院生活を経て、帰島。現在は社会復帰と復職の真っ最中。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。実体験を伴わない、頭でっかちな言動をとらないように、という自戒も込めて。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが、今の目標。)ヒトを含む動物が好き。食べるのが極端に遅い。けど食べることは大好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。 かっこ悪いとこも、余裕のなさも心の波も、何も隠せなくなったので、これからはもっと人間臭く、生きていこう。