リハビリ病院のスタッフさんへの取材、vol.2は、大尊敬しているST(言語聴覚士)のI先生に依頼をさせて頂きました。

前盛
▽の記事は、「リハビリ病院のスタッフさんへの取材シリーズ」vol.1のOT(作業療法士)さんのインタビュー記事だよ。こちらもぜひご一読を☺️

「人のために生きる。」作業療法士として日々奮闘中のMさん。

2020.7.23.

注釈
「先生」と呼ぶのは、医療従事者の間では一般的に「医師」のことだけを指すかもしれないが、この連載では私が普段から使っている呼び名の習慣で、看護師さんやリハビリスタッフさんに対しても「〜先生」と表記させて頂く。

I先生の物腰の柔らかさと、丁寧な姿勢の中にも いつも強く感じさせられる「仕事に対する 熱い情熱」の芯にあるものが、一体何なのか、どこかで一度、ゆっくり じっくりと お話を伺ってみたかったんです。

それでは、前置きがあまりに長くなっても じれったいので、もったいぶらずに、早速、いきましょね。


 

ーー I先生、今日はよろしくお願いします。

はじめに、読者にも先生の人物像がイメージしやすいように、I先生のこれまでの人生についてざっと教えて頂けますか?

はい。生まれも育ちも東京都です。実家の近所の小学校・中学校に通いました。中学卒業を控えたタイミングで、ふと「将来どうやって生きて行こうかな」と考えたときに、モノを作ることが好きだったので「どうせなら何かを作り出す方法を学べるところに行こう」と思い、「高等専門学校」という、5年間一貫教育で専門技術者を養成するための教育機関に進学しました。(世間一般では「高専」という呼び名で広く認知されている教育機関ですね。)

高専に入学してから、学校での空き時間に図書室の本をかたっぱしから読み漁っていたら、障がい児教育の本とか、ST(言語聴覚士)という職業についての本と出会って。そういう世界の存在について初めて知り、興味を持ちました。

「自分はこういう分野に興味があるんだな」と自覚して、将来はこういう仕事や生き方がしたいと思ったんです。

そこから、「STの仕事なら人のコミュニケーションを助ける生き方がしたいという自分の気持ちに合ってるんじゃないか」と思って、実際に関連した職場や現場のボランティア・見学に行くようになりました。3年生終了後に、もう卒業に必要な単位は全て取っていたこともあり、高専を辞めて、大学の「言語聴覚学科」へ進学しました。STの国家資格を取得したのは大学時代ですね。

ーー そうだったんですね。言語聴覚士の仕事はとても特殊な、明確な答えのない、難しい世界だと思います。そんな職業を志す中で、何か迷ったりすることはなかったんですか?

学生時代、自分にすごく自信がなくて「自分なんかがSTになっちゃいけない」という感覚が強かったので、「本当に、自分がSTになってしまっていいんだろうか」と、悶々とした日々を過ごしていたんです。

ーー そんな時期がI先生にもあったんですね。どうしてそんな心境に・・・?

学生時代、実習のときに、先生に「あなたはSTには向いてない。」みたいなことを言われたのが、すごくショックで傷ついて。

ーー それは とても厳しいね、先生。

「あ、やっぱりこの道は向いてないんだ」って思いました。

大学でも最初の頃はめっちゃやる気に溢れてたんですよ。同級生みんな始めはそんなにやる気が無い中、僕はそもそも高専を辞めてまで入学してきた身だったので、1年生のときから猛勉強しまして。4年生の前半くらいまでその調子でエンジン全開だったら、反動なのか何なのか、4年生後半は「全然勉強してない」ってくらい、本当に勉強しなかったんです。でもそれまでの蓄積があったので、言語聴覚士の国家試験には受かって。

合格したときもあまり嬉しくなくて「あ〜あ、本当に受かっちゃったよ。このまま周りの流れに合わせて、この道で就職しちゃうのかな。どうしよう・・・。」という感じでした。

ーー 就職先はどうやって選んだんですか?

そのときは、就活(就職活動) してるふりをしながら、実は就活すらも全然してなかったんですよ。

ーー それはなんで?本当に、どうしてもSTになりたくなかったから?

「なりたくない」というよりも、なりたいって気持ちはあるけど、先に言ったように「自分なんかがなっちゃいけない」って思いが強かったんです。僕にはなれないと、勝手に、自分で自分の進む道を狭めていたんですね。

就活しなきゃいけない時期にも、ボランティアやバイトに精を出していました(笑)家族には、心配をかけてばかりで本当に申し訳なかったです。

でも実習の翌年には「やっぱりSTの仕事がしたい。自分なりのSTのやり方というのがきっとあるはずだ。この自分で生きていくしかないんだから、受け入れて、向き合って、自分なりのやり方というのを頑張って見つけ出そう!」と考え直せて、就活を始めたんです。

ーー I先生にも「自信がなかった時期」というのが存在するんだね。

・・・ 人間誰しも、そういう時期があるのは至って当たり前のことだと思うんだけど、I先生は私の中で「いつも勉強熱心で、熱い想いを持っている、とても立派な方」という印象がすごく大きかったから、びっくりしました。

自分に自信がなかった期間というのは、多分 世間の多くの方より だいぶ長い時間、ありますよ。

自分が正しいと思ったことは一度もないからこそ、「自分はダメダメだ」という意識からスタートしたからこそ、

いま段々と存在が増えてきた後輩たちに対しても、近い目線で物事を考えて、言葉をかけられるんだと思っています。

でも、いざ仕事を始めてみたら「自分でも案外やれるんだ」という気づきがあったのも確かで。

担当した患者さんの回復の手助けができた手応えや実感があったときには、今でも毎回、1人でひっそり感動しています。

「自分は駄目だ」から始まったからこそ、患者さんにも後輩にも心から寄り添える。

ーー I先生が今描いてる夢というのはある?

「夢」かぁ・・・。

またまた仕事の話になっちゃうけど、リハビリの効果というのは 相乗効果によってすごく引き上げられるものだと感じているからこそ、自分の中では「栄養面からリハビリの効果をサポートする」ということに、いま絶賛 興味があります。

障がいのある方や高齢者に対して、リハの内容を考慮した栄養管理と 栄養状態を考慮したリハを行うことの重要性を、実感を伴って理解できるように、目の前の患者さんに丁寧に向き合うようにしています。

近い話題を例にすると、ここ赤羽リハビリテーション病院にいる間にも、今持っている「栄養サポートチーム(NST)専門療法士」の資格からもう1つ上の資格「臨床栄養代謝専門療法士」を取得しようと頑張っています。

資格をとった後も、継続してセミナーや研究会などに出席して 勉強を続けることが必要になるんだけど、頑張りたいと思ってるんだ。

ーー そうなんですね。「I先生なら絶対に大丈夫だ」って確信があるよ。うん、絶対に大丈夫。

では、「天命」というものが本当にあるとしたら、I先生はなんだと思う?

僕はそもそもSTになりたいと思ったのが、「幼少時代の僕のような、コミュニケーションに困っている人の助けになりたい。」という、自分の経験から生まれた強い想いだったことを振り返ると、STの仕事自体が、天命なのかもしれませんね。

ーー そうなんですね。

・・・今就いている仕事を天命だと思えることは、とても尊く、とても幸せなことですね。I先生の努力の結晶が、今の生き方なんだな、とよく分かりました。

ちなみに、今後「臨床栄養代謝専門療法士」の資格を取得したら、どこか別の環境で働いてみたいという気持ちもありますか?

そうだね。1つの環境で1つのことを極める、という生き方はとてもかっこいいし、憧れるけど、今の僕は、色々な環境に飛び込んでみて、自分の幅を広げたいかな。

ーー そっか。新しい環境に飛び込むのは、とても勇気のいることだね。

そうですね。僕も、本当はとても苦手なんです。でも人間として成長するためには、欠かしちゃいけない要素ですよね。

ーー 本当に、その通りですね。

I先生のご活躍を、未来を、これからもずっと応援しています。では最後に、I先生が大事にしている言葉とか、印象深かったり影響を強く受けたりした本や映画はありますか?

うーん。・・・子どもの頃だと「ゲド戦記」とか「三国志」かな。ゲド戦記には「自分の心の闇に向かい合う」ことの大切さを、すごく教えてもらった。昔の中国の思想書とか歴史小説とかもすごく読んだよ。最近だと「FACT FULNESS」とかかな。

ーー そうなんですね。ゲド戦記は、私もジブリのアニメは見ました。私も、登場人物の葛藤する心の描写がすごく印象的だったな。

あと、ずっと関係性が気になってたことなんだけど、STさんに丁寧な方が多いのはどうしてかな?

赤羽リハビリテーション病院でも、私が事故当初に入院してた岐阜県高山市の病院でも、地元の沖縄県石垣島でも、ご縁があった言語聴覚士さんというのは、人に対してとても真摯な方が多いな、と感じるの。

う〜ん。関係性かぁ。

・・・これは僕の主観でしかないけど、敢えて言語化するなら「コミュニケーションを意識している人が多いから」かもしれないですね。

そもそも、人様のコミュニケーションの手助けをしたいと思うこと自体が、自身がコミュニケーションに重きを置いて大事にしてる人じゃないと 生まれない感情ですもんね。

ーー なるほど。確かに。すごく納得感ありました。

貴重なお話を沢山、ありがとうございました。

ありがとうございました。いやぁ、、、自分のインタビュー記事って、なんか照れるな・・・。

ーー I先生はあんまりかっこよく書かれるの嫌がるだろうけど、これはどうしても かっこよくなっちゃうだろうな・・・。

そもそも、私が心から尊敬してる人にしか取材を依頼していないから、どうしてもかっこよくなっちゃうんだけど・・・、

嘘は絶対に書かないから大丈夫だよ!語ってくれたことを、そのまんま書くね。

本当に、貴重なお話を聞かせて下さって、心からありがとうございました!!


Iさんの好きな場所 : 水戸の偕楽園かいらくえん

Iさんの年齢   :   34

Iさんの職業   :   言語聴覚士12年目

Iさんの好きな食べ物   :   なんでも好きだけど、特に好きなのは納豆。久米納豆の味道楽。あと明太子。ご飯のおとも系。味付けがオイスターの料理も。チンジャオロースとか牡蠣とか、オイスター味は好き。野菜と果物も好き。

Iさんの好きな言葉 : 「道なき道を道とする」とか。中国の歴史上人物が与えてくれた学びは大きい。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。今は東京赤羽リハビリテーション病院に入院中(早稲田は退学したよ)。今後は未定。 踊ること、撮ること、書くことが好きです。