理学療法士(PT)として、患者さん自身に「この病気や怪我には こんな意味があったんだな」と気づいてもらうこと、関わった人を幸せにすることを使命に、人と真摯に向き合い続けるHさん。

この「病院スタッフさん方へのインタビュープロジェクト」も、ついにフィナーレを迎えました。明日にはいよいよ退院を控えたタイミングです。なんとか入院中に走り抜けられて よかった・・・!お付き合い頂いた皆様(記事を読んでくださった方を含め)、本当に、ありがとうございました。

そしてこんな素敵な時間を私に与えてくれた 今回の事故にも怪我にも病気にも、大感謝できました・・・😢

皆さまへの 心からの感謝と愛を込めて。

▽ このプロジェクトの今までの連載はこちら。

「人のために生きる。」作業療法士として日々奮闘中のMさん。

2020.7.23.

「自分は駄目だ」の思いから始まったからこそ、患者さんにも後輩にも同じ目線で寄り添うことを大事にする。言語聴覚士としての使命を全うしながら、日々己と向き合い続けるIさん。

2020.8.1.

「素直に生きる」ことの大切さを体現するS看護師。

2020.8.2.

「学びは一生続くものだから。」看護師として日々 進化し続けるH先生。

2020.8.6.

「大袈裟なのが嫌い。だからこそ、深刻な状況を十分理解してサポートしつつ、そういうときにもその場所で笑っていられる存在で在りたい。」自然な明るさと常に前向きな姿勢が魅力のY看護師。

2020.8.15.

「お世話になった方には伝えられなかった想いを、世の中に還していこう」と思ったのが原点。ケアワーカーPさんの生き方。

2020.8.19.

「心を込めて人に向き合える人で在りたい」ケアワーカーとして成長を続けるOさん。

2020.9.5.
どの記事も、めっっっっちゃ素敵な、私が大尊敬・大信頼している方々が 今まで生きてきた人生の中で得た、学び豊かな物語が詰まっているよ。ぜひぜひ ご一読を。

「自分が出した成果にこだわっていた」ところから、「患者さん自身が この病気にはこういうことを学べという意味があったんだなと気付くきっかけづくりをする」ところへと、意識の方向性が変わった きっかけ。

ーー 今日はよろしくお願いします。はじめに、H先生の人生の歩みについて教えてください。

はい、これはなんか、いつもと違う感じ( 「PT」と「患者」というリハビリを通しての関係性とは異なる、「個人」対「個人」の向き合い方、的な意味かな?)がして、背筋が伸びるね・・・(笑)よろしくお願いします。

僕は東京都出身です。もともとこの仕事を知ったのは、母が医療関係の仕事をしていたことがきっかけでした。

確か中学生のときに、個人が任意で参加できる学校のボランティア活動の一環で、高齢者のいる施設にボランティア活動をしに行ったことがあって。そのときの僕の生き生きとしていた姿を、母親が見てくれていて、「(将来の職業選択の1つとして)理学療法士、どうかな?」という話をしてくれたことが、大きなきっかけになりました。

そこで興味を持ち始めてからは その後も自分なりに色々と調べる時間が増え、高校を卒業した後は、理学療法士になるための関東の専門学校に進学して 実際に働けるようになるための技術や知識を学びました。

専門学校 卒業後は、はじめは整形外科みたいなところに勤めて、そこを1年ぐらいで辞め、それからは この「赤羽リハビリテーション病院」と同じグループの、栃木にある系列病院で働いていました。このグループ病院で働いて10年以上経ちますね。

ーー 10年・・・!そしたらもうかなりのベテランですね。

そんな H先生が「この仕事をしていてよかったな」と感じるのは、どんなときですか?

いや〜・・・、「ベテラン」と名乗るにはまだまだ早すぎて、現時点でベテランと呼ばれている人たちが見ることのできている世界の景色を 僕も見ることができるようになる日というのは、本当に程遠いと感じているよ。

「この仕事をしていてよかった」と思うときかぁ・・・、

・・・一言で言うのは すごく難しいんだよね。

若い頃は、純粋に自分が提供できたリハビリで結果を出せることが嬉しくて、常に自分視点だったんだけど、

今は、患者さん自身が「この病気には、こういうことを学べという意味があったんだな」と気付くきっかけづくりに関われたり、「今回病気になったことで、自分は以前より弱い部分もできたけれど、これからはどう工夫して生きていけば、より良い生き方が実現できるようになるだろう。」と考える時間を過ごしてもらえたりすることを 大事に思うようになりました。

そんな心のリハビリを済ませた上で 体のリハビリを通してできることを増やして、己の心身に対する自信を回復させて、「早く退院したい」とまで思ってもらえたときが、1番嬉しいかな。

ーー うんうん。

H先生は、担当した患者さんに対して、患者本人が自然とそう思えるようなサポートを 常に意識して関わってくれているのが、深ーく伝わってくるもんね。

ちなみにそれは、どれくらいリハビリの仕事をしていたから分かってきたこと?

僕は理学療法士の仕事を始めて今年で12年目なんだけど、やっぱり10年目くらいまでは「自分がやったこと」へのこだわりは 大きくありましたね。

ーー そっか・・・。H先生でもそんなにかかったんだ・・・。

では、これから先の未来に描いていることがあったら教えてください。

えっとね、まず、どちらかというと、神経質なんです、僕。

我が強くて、子ども時代にも、「ああ言えばこう言う」ような子どもで。

ーー それは、きっと 賢い子特有の性質だね。

いや、本当に賢いわけではなくて。客観的に思い返しても、いろいろ分かってない癖に 屁理屈ばっかりこねる子どもだったと思うんです。

でも「1つのことに打ち込んでコツコツ継続する」性質は、僕の強みだと思っているので、そういう風に見方を変えて捉えることで、前より肩に力が入り過ぎなくなりました。人間としての幅が広がって、生きやすくなった、というか。

何か特別なことをしよう という目標はないんだけど、いま接することのできる患者さんやご家族さんをはじめ、僕が発信するものが、人の生き方に何かいい影響を与えられたらいいなとは思っています。

「お前は素質がないから辞めろ」と言われたことや、悔しかった経験が、何よりも自分の成長に繋がった。

ーー そっか。では、H先生が1番影響を受けた出来事とか人の存在というのはありますか?

僕は、人に影響を受けることがかなり多いと思います。

まだ学生時代の実習中には かなり勝手なこともしてしまって、受け入れをしてくれた現場の先輩から「お前は素質がないから辞めろ」とまで言われたこともあるんだけど、今は「言ってもらえてよかったな」と思っています。

最近のことで強く覚えているのは、3〜4年前に、嫌でも自分の生き方を見つめ直すような、大きく影響を与えられた印象的な出来事があって。当時 担当していた患者さんに「OTの担当さんはこんなによくしてくれるのに、PTのHさんはなんでよくしてくれないの」と言われたことがあったんです。

しかもそのことは、患者さんから直接言われたわけじゃなく、後からスタッフづたいで聞かされて。・・・すごいショックでした。

でもその経験があったから、「今のままでは通用しない」としっかり理解できたし、もっと足りないところを学ぼうと思って一生懸命勉強したし、その時に身についた内容が それまでの学びとリンクする感覚もすごくあって、その学びが今の自分にも繋がっている実感が とてもあるんです。

もちろん その患者さんの言葉だけではないけれど、思ったことを素直に言ってもらえるというのは、すごくありがたい機会だと改めて感じました。

ーー そんなことがあったんですね。

H先生は、いつも「人からの客観的な意見は大事」って言ってるもんね。ちょうど、H先生の2つ前のインタビュー記事の方の取材のときにも こんな内容のことを話したんだけど、やっぱり自分の壁というか、嫌な思い出や自分の抱える闇と正面から向き合うこと、反面教師の存在が、何より大事だよね。

「心を込めて人に向き合える人で在りたい」ケアワーカーとして成長を続けるOさん。

2020.9.5.

「みんな答えを知らないんだ」と気づかせてもらったことが、新たな1歩を踏み出させてくれた。

では、反対に、成功体験から大きく学んだ経験というのは何かありますか?

・・・僕はPTの仕事を始めたばかりの頃、外部の勉強会にも すごく行っていたんです。で、そこで習うことを現場で実践して、ことごとく失敗する、というのが続きました。

そのときは、その失敗について「自分だけが上手くできていないんだな・・・」と思っていたんです。でも今思うと、本当に1番効果のある関わり方というのは、みんな知らないんですよ。

その人オリジナルのやり方というのが個々にあって、けれどその方法は、他のスタッフや患者さんにも使えるもの、というわけではないんですよ。1つの考え方をベースにして関わり方を変えていく、というのはあるんですけど、「このやり方なら絶対みんなに通用する」というものはなくて。

僕は「ああ、みんな答えを知らないんだな。」と気づいたときに、気持ちも楽になったというか、なんか納得できて。「じゃあもう 自分なりのやり方というのを探して確立しよう」という発想を、そのときに初めて持てたんですよね。

それが成功体験にもなっているかな。

「自分を信じていて いいんだな」っていう自信になりました。

ーー なるほど。なんか、H先生が前に言ってた「嫌なことに目を向けて惑わされなくていい」って言葉、本当に大事だなって また思い出したよ。自分を信じるのってね、難しいもんね。

こちらが消耗するだけの関係性で終わっちゃうのはもったいない。「ああ、まだその時じゃないんだな」と思うことを意識したい。

2020.9.4.

「嫌な経験から学んだことが、自分の心にいかりを下ろす役割をしてくれた」というお話を聞かせてくれたときに、私も自分を信じられるものをゆっくり見つけよう、と思えたな・・・。

H先生は、人との向き合い方がとても丁寧だと思うんだけど、それは育った環境にいた方々、きっと1番近くにいたであろうご家族が、そういうことを重んじる方々だったの?

そうですね、うちは本当に言いたいことを言い合う関係というか、他のご家庭からしたらきっと「土足で踏み込まれる」ような感覚になるくらい、結構「密」だったんですよね。僕はそれが嫌で、1人暮らしを始めたくらいだったので。

「いつ どこで 誰と 何のために 何しにいくの?」みたいなことを細かく確認されるようなのが段々ときつくなってきたんです。親も、きっと心配だし、帰宅までに食事を用意して待ってようという思いがあっての言動だったと思うんだけど、当時はなかなかそんな風には捉えられなくて。

でも、当時のことで大きく感謝していることは、僕が19歳くらいのときに親が料理教室に通わせてくれたことなんです。それで「自分で自分のご飯を作れるんだな・・・!」と自信がついて、就職して2年目を迎えるときに、栃木で1人暮らしを始めました。

ーー そうだったんですね。

「自分を否定しない」「関わっていく人を、幸せにする」ということを大事にするようになった。

ーー では、H先生が大事にしている思いとか言葉というのはありますか?

う〜ん・・・。

・・・「自分を否定しない」ということかな。

ーー それはなぜその言葉を大事に思うようになったんですか?自分が自分を否定していた経験が、H先生にもあるの・・・?

うん、責め続けてましたね。いつも、体調が悪くなるくらい、自分を責め続けていて。今思えば、結構きつい状態まで、自分で自分を追い込んでました。

ーー それは小さい頃から?そういう時期を経験した上で、今のH先生へと繋がったのは、どういう経験が大きかったんだろう・・・?

う〜ん、言葉にしたことがないから すごく難しいな・・・。色んな人との関わりの中で、時間をかけて 気づいたものが色々あって、今に繋がっているかな。

ーー そっか。同じPTの仕事でも、現場ごとに その「気付き」は変わってたと思う?

うん。現場によっても、もちろん違うだろうし、まず前提として、そのときの状態が、自分自身 全然違うと思うんですよね。

ーー なるほど。そうですね。「絶対変わらないもの」というのはないもんね。

そしたら、これから先も、PTの仕事は続ける?

うん、続ける気持ちでいるよ。

ーー やっぱり「自分にはこれが向いてるな」という実感というか、しっくりする感じがする?

「まだできることがある」というか「やるべきことがある」と感じている、かな。

ーー H先生の天命はなんだと思う?

・・・「関わっていく人を、幸せにする」なんでしょうね。

ーー ・・・うん。H先生はきっとそうなんだね。

H先生がこうやって物事をとても深く考えるのは、誰の影響なんだろう・・・?

それはね、もう病気に近いね・・・(笑)それが、自分をかなり苦しめてきたものでもあり、きっとこれから先も、一生向き合っていかなきゃいけない癖みたいなものだから。

ーー ・・・じゃぁPTの仕事をすることも 本当にH先生の天命だね。苦しかった経験があるからこそ、人に寄り添うことができて、マイナスに捉えちゃう自分の経験も全部 活かすことができるもんね。天命ってそういうことだよね。

そうなのかな?

・・・ただ、人より多く悩んできた分、悩んでいる相手に向き合うときに「この人はなんで迷っているのかな」「どうして欲しいのかな」と同じ気持ちで話し合えている実感を持てることがあって、

そういう経験は「僕も 悩みまくってよかったのかな」と思わせてくれているかな。

ーー 今でも、自分を否定しちゃって 苦しいなと思うことはある?

いや、ないです。

ーー それはすごいね。乗り越えたんだね。

「最初から正解を出そうとしない」という、リハビリの根本にある考え方から、人生に対する向き合い方を学んだ。

ーー では、PTの仕事を続けていった先に、どんな未来を描いていますか?

・・・えっと、まず僕は PTの考え方がすごく好きです。

ただ「それだけでは足りない部分がある」ということにも気付いているので、リハビリの考え方を軸にしながらも、必要に応じて柔軟に他の手段もミックスしたりしつつ、患者さんだったり関わる人に、最終的には「よかったな」と思ってもらえるような関わりができればいいなと思っています。

ーー H先生の言う「PTの考え方」というのは例えばどんなこと?

えっと、簡単に言うと、最初から正解を出そうとしないんですよ。

まず体の状態を評価・確認するところから始まって、そこから仮説を立てて、その仮説をもとに心身を回復させるためのリハビリを実際に進めていって、じゃぁその仮説を実践した結果どうだったのか。思ったようにいかなかったのなら、それはどうしてなのかを考えて、「統合と解釈」を繰り返し行う。そして次の目標や「この先に在りたい未来」を描いていく。

ーー うんうん。それはつまり、最初からゴールを決めないということ?

そうですね。「短いゴール」、「長いゴール」、「最終的なゴール」って、はじめに3つの目標を決めるんですよ。この仕事をしていると、そんな過程を繰り返すから、「ゴールを自分で決める」ことや「ゴールに向かって走る」癖がつくんです。ゴールが決まれば、足りない部分が分かって、その足りないことを補うために頑張れるし、試行錯誤していくことができる。・・・僕はその考え方がすごく好きなんです。

ーー そういうことは、現場で働くようになって気づいたの?

いえ、それは、学生時代に そのことを学ぶための実習が在るくらい 大切なことなので、PTに限らず、OTもSTも、みんな習います。

ーー ・・・リハビリって本当にすごい世界だね。

もしも、H先生が今やっているリハビリ関係とかPTの仕事ではなく、他の職業に就いていたとしたら、なんだったと思う?

そうだな・・・。・・・掃除をする人かな?

割と本気でね。あまり職業にこだわりが ないんだと思う。

ただ、リハビリに関われる、PTのような「体を使って 頭で考えて・・・」という職業に出会えたことは、とても幸せなことだったと感じています。

ーー そっか・・・。確かに、PT以外の仕事をしているH先生は想像するのが難しいもんね。本当に天職だ。

・・・ちなみに、掃除自体も好き?

そうだね。最近ね、綺麗にするのが、楽しくて。色々と片付けして、最近は奥さんに「勝手にいじらないで!」と怒られているかな・・・(笑)

ーー そっか(笑)

H先生が「こういう人間になりたい」と思うのは、どんな人?

えっとね、一言では言えなくて、定期的に「自分のなりたい人」というのを確認しています。「こんなことをしている未来の自分」というのをバーっと紙に書き出して。ちょっと今日はその紙を置いてきちゃったんだけど、例えば「6ヶ月後には、似顔絵コンテストに出れるくらいの実力をつける」とか、本当に些細なくだらない目標も書いていくんです。

面白いことに、書くと実現に向かって何か力が加わる実感があって、そこも興味のある世界ですね。

でも、あまりに遠い目標を1つ立てるだけでは 僕は気持ちが続かないと思うので、常に身近な目標を立てて生活するようにしています。

ーー それは とてもH先生らしいエピソードだ。じゃぁ、H先生の「心が動くとき」「魂が震えるとき」というのはどんなときですか?

う〜ん・・・。

・・・患者さんとの関わりの中で、よくありますね。

患者さん自身の「こういう信念を持って生きてきた」というお話とか、苦労してきたお話を聞いたとき、「生きる本質」みたいなものに触れさせてもらったときに、ゾゾゾって全身鳥肌が立つんですよ。

ーー そうなんだ。それは今でもあるの?

ありますあります。むしろ、最近の方が増えましたね。

ーー そっか。H先生の取材中、ずっと私はそんな感じだよ・・・(笑)

では、ちょっと話が飛んじゃうけど、この病院で、患者を担当するリハビリの先生が決まるのは本当にランダムなの?

・・・それはちょっと、なんとも言いづらいですね・・・(笑)

ーー そっか(笑)でも、自分で患者さんを選べるわけではないもんね。

うんもちろん、自分では選べないし、選ばない。

ーー じゃあ本当に、ご縁だね。

そうですね。よもぎさんと出会えたのも、この仕事をしていたからですね。

ーー そっか・・・。胸熱くなるね・・・。

今日はありがとうございました。H先生に担当をして頂けたこと、インタビューさせて頂けたことは、ずっと、私の宝物です。


今回の記事執筆にあたり、取材の際に録音した音声を聴きながら対話を書き起こしていたんですが、H先生は私が尋ねる1つ1つの問いに対して、丁寧に時間をかけて考えてくれて、1番しっくり伝わる言葉を探して、選び抜いた言葉で語ってくれているのを、感じました。

H先生は、私にとっては「第二の人生の始まりの時間に寄り添って、 共に過ごしてくださった方」というような感覚があって、私はこの出会いを きっと一生、大切に思い続けると思います。

H先生の年齢 35歳

好きな食べ物 ナス

即答だったよ。どうやって食べても美味しいけど、H先生は焼いて食べるのが好きだそう。

好きな場所 神社・お寺全般(中を散歩するのが好き)

人生に1番影響を与えた人や出来事 おじいちゃんの存在

おじいちゃんの生き方が影響を与えたの?
H先生

祖父は、戦争に行って目が見えなかったんですよ。僕の母親が医療職を目指したのも、「自分の父親が障害者だった」というところから始まっていて。祖父は目が見えないぶん、一般の人には見えないものに気づきやすい人だった。

そういう目に見えない世界の存在にも抵抗感がなくて、鋭くて大らかな人だった。

これは後で聞いて分かったことなんですけど、生前のおじいちゃんにとって印象的だった、嬉しかった出来事があったそうで。

おじいちゃんと僕とで散歩に行くとき、いつも僕の肩に祖父の手を置いてもらって歩いてたんですけど、そこでその道端に花が咲いていたそうなんですよ。

・・・で、おじいちゃんは目が見えないから、見せたところで見えないんですけど、僕が「こんな花咲いてるよ」って自然と花を見せたそうで。

僕が「見えない」ってことを思わずに接してくれるのが、じいちゃんとしてはすごく嬉しかったみたいで。そのエピソードを後から聞いて「あ、自分はそういう面もあるんだな」って気付いたというか。

本当は、じいちゃんが具合悪くなったとき、僕がリハビリをしたかったんですよ。

じいちゃんは僕が高校生のときに亡くなってしまったので叶わなかったんですけど、じいちゃんから学ばせてもらったことは、僕が今いる環境の仲間や患者さんに還していこうという気持ちがあります。

だから、祖父には「居てくれてありがとう」「気づかせてくれてありがとう」の気持ちばっかりですね。

そっか・・・。じゃあ自分の次の代、仕事の後輩とか、自分のお子さんたちには、何を与えたいなと思う?
H先生

・・・考える頭、ですかね。

何を考える頭?

H先生

なんでも考えられる頭、ですかね。

相手の気持ちに寄り添って考えられる「思いやりの心」とかのこと?

H先生

相手のことを想う心もそうだし、自分を苦しめない心もそうだし、「どうやったら 今の状況からよりよくなるかな」って前向きな取り組みについて考える心もそうだし、全般ですかね・・・。

そっか・・・。とてもH先生っぽいね。やっぱり、考えが深い人と接すると「自分も考えなきゃ」と思わされるね。H先生は、すごくそういう力があると思うんだ。私は赤羽での入院生活が始まってから、毎日、H先生の与えてくれるものに すごく考えさせられているもんね。

H先生

ありがとうございます。

・・・ただそれはね、前盛さんが投げてくれているものもあって、そこに「どうやって応えていくかな」ってとこでもね、頭を捻るんですよね。だから、その関係性があってこそ生まれてるものでもあるから、1人で生み出しているわけでは全くなくて。

関わってくれる人がいて、そこから「じゃぁ それを受けて僕は何を還せるかな。どうやったら 人に渡せるものを生み出せるかな。」と考えて、初めて生まれる力というものがあるから。僕たちは その流れに乗せてもらっているだけなんですよね。

一方的に自分から、というのは絶対にないんです。必ずもらっているから、その もらっているものを返すために、自分にできることを 一生懸命探すような感じで。

そっか・・・。

うん、みんなそうだよね。でもたまにね、そういう大きな感覚は 忘れちゃいがちになることもあるよね。

H先生

そうですね。ついつい目先のことで一生懸命になっちゃって、難しいよね。

そういうときはH先生はどうしてる?

H先生

もう思い切り、やりたいことをやりますかね。

例えば・・・?

H先生

時間を忘れてゲームしたり、ゴロゴロしたり、瞑想したり、映画を観たり、純粋にそのとき 自分がやりたいことをやるんです。

それが、自分の心を見つめる時間になるの?

H先生

いや、反対で、心と距離を置く時間かな。本当に疲れちゃってる時って、何もしたくなくなるんですよ。だから、まず回復しないといけないから、一旦睡眠をしっかりとって、信頼している人、僕の場合は奥さんに、話を聞いてもらうかな。

そっか・・・。

いつかきっと、ご家族で、石垣島にきてね。奥様も、お子さんも、H先生が大事に思っている方々に、会ってみたい。

H先生

・・・ハードル上がってそうで こわい・・・(笑)

でもそうだね、その日が楽しみだね。

あれ ごめんなさい(笑)

もっと回復した姿を見せれるように 退院後もリハビリ頑張って、島で待ってます!!

じゃぁ最後に。

もし、身近なところに、迷っている人や、自分の生き方に悩んでいる人がいたら、H先生はどんな言葉をかけますか?

H先生

う〜ん・・・。・・・いつも、それを考えて、ブログを書いているのかもしれない。

人に見せるものでありながら、自分を振り返るもの・考えを深めるものでもあるんです。

自分の子どもたちが大きくなったときに、みんなが見れる場所で記録を残しておけば、「うちのお父さんはこんな考え方してきたんだな。」ってわかることで、いつかどこかで助けになることがあるかもしれないし、

「他の人のために書いている」とは言うけれど、本当は1番 自分とか家族のためになっているな、というのは実感しています。

H先生は、言葉が好きさあね。日々の関わりの中で、「H先生は とても言葉を大事にしてる人だな」と感じるんです。・・・それはどうしてだろう?

H先生

う〜ん、自分ではあまり「言葉を大事にしている」という意識はないんです。

即座にその場で答えを出すことが非常に苦手だから、もらった問いは何なのか、それについての自分の意見は何か、どう答えたら相手にちゃんと想いが伝わるのか、とかを模索しながら答えているので、返答がゆっくりになってしまう。

前盛さんも思ったり感じたことを素直に表現できる人ですよね。それは意識してやっていないと思うので、日々の私の素の部分をうまく受け取ってくれているんだな、と感じ感謝しています。

そうなんですね。私のことまでそう言ってくださって、ありがとうございます。

では、今のH先生が1番胸に置いていること、というのはどういうことですか?

H先生

自由、かな。

自由で在りたいということ?

H先生

いや、・・・うまく伝わらないかもしれないけど「なんでも自由なんだ」ということ。

それは、自分次第で未来は作ることができるんだよ、ということ?

H先生

そうです。

いま実際、「自分は自由に生きている」と思う?

H先生

自由に生きていると思います。

そっか・・・。すぐに断言した答えが返ってくるのが、とてもH先生らしいね。自分の人生について考え抜いたことがあるから出てくる言葉だよな、って分かる。

なんか、日々H先生は考え尽くしているさあね。

それは疲れないの・・・?

H先生

いや、疲れます!(笑)

それがマイナスなことだと、圧倒的に体力を奪っていくんですね。

なので、マイナスなことでもプラスに考えられるような捉え方、には気を付けています。

自分が片方の面からしか物事を見れていない状態のときには苦しかったことも、「相手はこんな気持ちなのかな」とか 反対の側面からも考えてみて、両面から見ることを意識することができたときに、初めて「それだったら 今の状況も仕方のないことなのかな」と 気づくことができて。

両面から見てみて初めて、心が安定してくるということも多かったんです。

そっか・・・。

前にH先生が「嫌な出来事がおこることや 苦手な人と出会うことは、全部 自分が学ばせてもらうために生まれるんだよ」って教えてくれたことがあったけど、H先生はそう思えないこととかは なかったの・・・?

H先生

いや〜、ありましたよ。いっっっぱい、ありましたよ。

それは どうやって乗り越えることができたの・・・?どんな経験が学びになったの・・・?

H先生

単純に、「諦めなかったから」ですかね。

自分が自分に諦めなかったから、やっといま分かるようになってきていることが、とても多いと思います。

苦しい思いをしているときも、モヤモヤしながら、色々な本を読んだり、人に会ったりして。もともと そんなに「考え続ける」って意識はないんですよ。考え続けるという性質を持っていることで苦しんじゃっているのも、あとで気づいたことなので。多分、考え尽くすことが、癖みたいになっちゃってるんですよね。

でも、いま考えても解決していないことは、「今は解決しないもの」ってラベリングして一旦静かに頭の中に置いちゃえば、「今は もういっか」って思えることに気づいて、そこでフォルダ分けする感じが 最近は身についてきました。

そっか。「今 モヤモヤしていること」のボックスがあったら、今のH先生の頭の箱には何が入ってる?

H先生

う〜ん・・・。「人との関わり」と「リハビリの質感」ですかね。「もっといいものがあるはず」「成長できるはず」という思いは常にあるので、その方向に持っていくにはどうしたらいいのかな、というのはいつもありますね。

今でもわからないこと、というのはあるの?

H先生

分からないことだらけですよね・・・。

リハビリってのは、これが正解、というのはない世界なのか・・・。

H先生

ないです。

いろんなやり方があって、どんなやり方を選んでも、時間がかかっても、患者さんがよくなってくれば、それでいいんだよ、というところがリハビリの魅力でもあるんですよね。

そっか・・・。難しいね。

H先生

「よくしたら なんでもいい」というわけではないんですけど、ただ何を考えたとしても、患者さんがよくならないと 次に繋がらないので。

そっか・・・。リハビリって本当にすごい世界だね。

私はこういう世界の存在を教えてもらえたことも、その世界に思い切り飛び込ませてもらったことも、H先生をはじめ リハビリに関わる職業の方々と出会えて様々な対話を重ねられたことも、すごく幸せだなと思っています。

今日はありがとうございました。

H先生

ありがとうございました。

退院まで もうちょっとだね!一緒に頑張ろうね。


ついでに、最後に豪華なおまけを。私が愛読している、全肯定の力がある H先生のブログです。

「憎しみはなかなか消えない。」|未来はつくるもの

△の記事中より引用
みんな、自分が主人公の人生を生きている。
無理しない、否定しない、感謝を忘れない。
それでいいんだよ。

「未来はつくるもの。迷惑は、かけていいんです。」

2020.8.21.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身。早稲田大学進学のため上京。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。24歳の冬に単独の交通事故をおこして、岐阜・東京の病院での入院・リハビリを経て、25歳現在は地元の石垣島北部にある実家で療養中。 対話・福祉・コミュニティ形成などに興味があります。白くまアイスと、味噌汁と、踊ること、撮ること、書くことが好き。