なぜ落ち葉を掃くんだろう。|未来はつくるもの

△の記事より引用
自然の営みのままだったら循環するものでも、人が手を加えるとその仕組みは壊れる。
自然を保つことと個人の利益、相容れないものになっている気がする。
人の手で変えたものは、終わりまで関わり続けないと壊れてしまうし、その責任がある。
今までは個人の利益のために変えてきた・生まれてきたものが多かったけど、これからはどう共存していくのか、始めてきたものをどう終わらせていくのか、が大きなテーマだ。
終わらせ方、考えたい。

私は、今までは 0から1を生む仕事や活動に興味があったから、自分でも場づくりや作品作りをたくさんしてきたし、命の誕生にもすごく興味があった。

でも今は、物事の終わりに、興味を持つようになった。

物事や命の「始まり」よりも「終わり」に、向き合うことのできる仕事が したいと思うようになった。

この経験は、私に何を学べというサインなのだろう。

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ABOUTこの記事をかいた人

1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものなのか学ぶべく、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。2020年に交通事故と入院生活を経て、帰島。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。実体験を伴わない、頭でっかちな言動をとらないように、という自戒も込めて。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが今の目標。)ヒトを含む動物が好き。食べるのが極端に遅いですが、食べることは大好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。