なぜ落ち葉を掃くんだろう。|未来はつくるもの

△の記事より引用
自然の営みのままだったら循環するものでも、人が手を加えるとその仕組みは壊れる。
自然を保つことと個人の利益、相容れないものになっている気がする。
人の手で変えたものは、終わりまで関わり続けないと壊れてしまうし、その責任がある。
今までは個人の利益のために変えてきた・生まれてきたものが多かったけど、これからはどう共存していくのか、始めてきたものをどう終わらせていくのか、が大きなテーマだ。
終わらせ方、考えたい。

私は、今までは 0から1を生む仕事や活動に興味があったから、自分でも場づくりや作品作りをたくさんしてきたし、命の誕生にもすごく興味があった。

でも今は、物事の終わりに、興味を持つようになった。

物事や命の「始まり」よりも「終わり」に、向き合うことのできる仕事が したいと思うようになった。

この経験は、私に何を学べというサインなのだろう。

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ABOUTこの記事をかいた人

1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものか現場体験を伴いながら学びたいと思い、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。 24歳のときに交通事故を経験し、頭を打ったことで高次脳機能障害という脳の障害(短期記憶力をはじめ、注意力・認識力・判断力・適応力など、成長とともに自然と獲得してきた色んな脳機能が、突然普通じゃなくなるやつ。脳が疲れやすいのですぐ眠くなっちゃう。)と、 手足に軽度の麻痺(感覚麻痺少し、運動麻痺は初対面の人になんかどったどった歩く人だなとか不器用だなと思われるくらい)、筋力・体力・精神的キャパの著しい低下状態が現存。 岐阜・東京での入院生活を経て、現在はUターンした石垣島で復職を含めた社会復帰中。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが、今の目標。)ヒトを含む動物が好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。