私はいつも「悔しい」の感情で成長してきた。我慢や忍耐は、頑張る力と自信になる。

今日は いよいよ島での最後の公演。

八重山に暮らす多くの方に、地元の芸能の美しさを感じてもらう機会になればと願っています。ぜひお越しください!

10年間続けてきても、舞踊は難しいです。先生の踊りを見ていて、どんだけ練習しても、こんな風に踊れるようになるにはまだまだだなっていつも感じさせられます。

師範であり、常に自分の舞踊を極め続けている先生の背中はなかなか追いつけません。何歳になっても、ああやって、舞踊を全身で楽しんで、新しいジャンルに挑戦して、芸能を研究し続ける高子先生の作品を近くで見れること、習えることを本当に幸せに思います。

今回の公演は、自分の得意な男踊りを踊らせてもらうことができず本当に悔しかった。最後なのに、なんでー!ってなった。

でもその分、古典の女踊りの演目に挑戦させてもらえることは自分の大きな成長になると感じました。女踊りは本当にまだまだで、八重山舞踊の女型の美しさをうまく表現できるようになるには、もっともっと稽古を積まなきゃいけないと痛感しています。

今回、全て女踊りに出る分プレッシャーも大きいけど、今の18歳の自分にしかできない踊りをしたいです。

今までも、部活やアカハチや学校で、自分が一番成長できたと感じるときは、圧倒的に悔しい思いをしたとき。悔しいから、意地でも負けない、超えてやろう、絶対辞めずに努力してもっと上に行こう、って思いで、頑張れてきた気がします。

耐えて頑張った経験は、自分を強くさせるし、継続して努力していれば必ずどこかで見てくれている人はいて、いつか評価される時が来る、という安心感や、頑張ることへの自信、喜びを与えてくれました。

白保で踊りを始めて、円先生から踊りを習えたこと、大浜で髙子先生という素敵な先生に出会えたこと、踊りに対して同じ想いを持った高め合える仲間がいてくれること、心から感謝しながら、舞台に立ちたいと思います。

10年間 踊りを続けさせてくれたお母さん、ゆうじ、最期までずっと応援してくれていたちいこおばちゃん、長い間 応援して見守ってきてくれた多くの方々に、しっかり成長した踊りを見せたい。

今回の舞台づくりは、自分の踊りの未熟さに対してだけではなく、門下生みんなの士気を揃えることや全体のクオリティーを上げることに対しても、うまくいかなくて、悔しいことの方が多かったです。

大御所の舞踊家・先輩方がたくさんいる八重山で、伝統的な芸能を新しい形で表現することの難しさ、ちびちびから高齢の方まで、舞台に対する意識も価値観もばらばらなメンバーと 1つの舞台を作ることの厳しさ、お客さんが感動する演出よりも「出演者が変更対応できる範囲内での構成づくり」を優先しなきゃいけなかった悔しさなど、思うように描く舞台を作れなかった部分は多々ありました。

でも、伝統芸能の世界の難しさや、課題や、舞台作りの難しさを改めて感じることで、いつもアカハチの舞台で学ぶこととはまた違った視点を持つことができました。

あと、めっちゃ悔しいから、絶対またいつか島に帰ってきて、沢山修行を積んだ上で、今度こそ仲間たちとかっこいい舞台を作ろう、と強く思ってます。

上がった幕は必ず下りる。
10年間、いろいろな舞台に関わらせてもらってきたけど、その舞台生活も今日で終わってしまう。

石垣で生まれ育つことができたから、たくさんの舞台に出会うことができた。舞台づくりを通して、ダンスや演劇や舞踊を通して、大切なものも、大切な人も、たくさんできていた。

舞台をやることで、嫌というほど自分と向き合うこともできました。

今日やるべきことは、悔いを残さず、今できる自分の最高の踊りをすること!来てくれた人たちの心に届くよう、魂のこもった踊りを舞いきること。

今日は、1組のみんな、2組のみんな、たくさんの同級生がセンター試験を頑張っています。負けないように頑張ります(^^)

よっしゃー
最後だ!

みなさんきてね!

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身。早稲田大学進学のため上京。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。24歳のときに交通事故を経験して、岐阜・東京での入院・リハビリを経て、25歳で地元 石垣島に帰島。26歳現在は島で身体機能・脳機能のリハビリを続けながら、復職を含めた社会復帰真っ最中。 対話・場づくり・福祉・コミュニティ形成などに興味があり、たぶん縁もあります。抹茶と、冷や味噌汁が好き。踊ること、撮ること、書くことも好き。個人の記憶とか感情とか、分かりやすく目に見えないものを、何かしらの表現で未来に残すことのできる行為が、好きなんだと思います。