武器という表現は苦手だから、本当はタイトルも「違いはいつか強みになる」とかがいいけど、参照した新聞記事に基づいて書くね。

リハビリ課題でやってる「その日の新聞読んで、気になった記事の要約と感想を書く」というのが、いつもとても学びになって楽しいんだけど、7/8の読売新聞、27pにあった「違いはいつか武器に 〜将来は無限。一人じゃない。〜」の記事にとても共感した。

タレントの副島そえじま淳さん(35歳。父がアメリカ人だが会うこともなく他界。)は、小4の頃、中身は純日本人なのに「自分は周りとは違う」と意識するようになったと。学校でのいじめを経験して、自宅では母親に「何で産んだ。父親はどこにいるんだ。」「お母さんは日本人。どうせ分からない。」と乱暴な言葉であたった。母は「周りと違うことはいつか武器になる。」と言ってくれた。

でも徐々に周囲にも自分にも期待せず、心を閉ざした。地元の中学でバスケ部に入ると転機が。ぐんと身長がのび、チームで頼られる存在に。自分の特性を活かすことができた。

大学までバスケを続け、社会にでると、再び見た目で葛藤を抱える。居酒屋で働きながら俳優やモデルの仕事を始め、落ち込むこともあったが、肌の色の違いを笑いに変える経験をして、容姿が活かせて気持ち良かったし、表現の世界はこういうことができるんだと初めて実感した。

その記事を書いた記者さんも、「僕は今もコンプレックスがあるし、自信もない。だから、えらそうなことは言えないけど、何か一つ、やり続けられるもの、興味があるものを、見つけてほしい。そして、共通の思いがある仲間を探して下さい。将来の可能性は無限に広がっている。君は1人じゃないのだから。」とメッセージを書いていた。

激しく同意したし、コンプレックスとか弱みがあることは、人との違いを既に持っているということ。他の人にはできない「自分だからできること」が、見つかりやすいと思った。私も今、弱み沢山だから、その今の自分にしか持てない視点を生かして働きたい。

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1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものか現場体験を伴いながら学びたいと思い、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。 24歳のときに交通事故を経験し、頭を打ったことで高次脳機能障害という脳の障害(短期記憶力をはじめ、注意力・認識力・判断力・適応力など、成長とともに自然と獲得してきた色んな脳機能が、突然普通じゃなくなるやつ。脳が疲れやすいのですぐ眠くなっちゃう。)と、 手足に軽度の麻痺(感覚麻痺少し、運動麻痺は初対面の人になんかどったどった歩く人だなとか不器用だなと思われるくらい)、筋力・体力・精神的キャパの著しい低下状態が現存。 岐阜・東京での入院生活を経て、現在はUターンした石垣島で復職を含めた社会復帰中。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが、今の目標。)ヒトを含む動物が好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。