8月が終わった。連日の学生受け入れと立て続けのイベント企画が終わり、石垣島に帰ってきた。

ホワイエ(私が働かせてもらっている会社)で2週間インターンをしていたけいすけが、8月の振り返りのような映像を作ってくれた。

先日 柿崎先生が仰っていた

今の日本に失われつつある人間らしい暮らし、心の繋がりが、この村には残っている。」

という言葉を、改めて実感した夏だった。

 

私たちが白川村で得ている学びや感動は、とても言葉にしづらくて、一言で表現するのは難しいと思う。

あえて言葉にするなら、人が生きる上で本当に大切なことは何なのかとか、本質的な幸せとは何なのかということを、日々の生活の中で気づかせてもらうような感覚がある。

よく周りから「なんでよもぎは白川村にそんなに長くいるわけ?」とか「白川に来てくれる学生さんたちは何を目的に何度も来てくれるの?」みたいな質問をされるけど、私もずっと明確な答えを返せなかった。

でも最近なんとなく、みんな「人間らしい暮らしや心の繋がり」を求めて、ここにやって来てるんじゃないかという答えが、自分の中でストンときた。

 

私自身がそうであったように、自分のこれからの生き方を模索している若者たちが、この場所に集まってきて、沢山の人とのつながりの中で生かされる経験をして、人にお世話になりまくり、安心して自分の未熟さをさらけ出し、何度も失敗をさせてもらいながら多くのことを学ばせてもらい、互いの人生の大切な時期に語り合い、良い出会いや時間を共有して自分の頭と心を整える時間を過ごす。

それは何も特別なことではなくて、いたって自然なことなんじゃないかなと。

今の世の中で感じづらくなっている人の温もりや、日本でだんだんと失われつつある”助け合い”の文化、お互いに面倒を掛け合いながら生活する”お互い様”のコミュニケーションの不足を、みんななんとなく直感的に感じていて、ここに導かれて来るのかなと感じます。

白川に来た学生さんたち、みんなめっちゃいい表情するんです。

自分たちの活動がこんなきっかけの場になってきていることを、嬉しく感じます。

輪が大きくなるにつれて、関わってくれる人が増え、当然のように現実的な問題も増えてきていて、難しい課題や、悲しくなる出来事、自分の未熟さを感じることも多いけれど、

それでもこうして、誰かの人生を豊かにするような場づくりがちゃんと仕事に繋がってきていることが、嬉しくて、続けてきてよかったなと思えます。

子どもの頃、テレビや新聞で自殺のニュースを見ては「どうして死んでしまうんだろう。なんで自分は何もできないんだろう。」と無力さに傷ついていた自分に、いつか「ちゃんと人を助ける仕事ができてるよ」と胸を張って言えるようになりたい。

あの頃は「心が疲れたら、みんな島に来たらいいのに。一緒に海に散歩に行って、うちで一緒に美味しいご飯食べれば、死のうなんてきっと思わないはずなのに。」という安易な発想しかなかったけど、

今なら分かる。心身ともに健康に、幸せに生きるのって、けっこう難しい。

綺麗な海と美味しいご飯だけでは救えない孤独を抱えている人が沢山いて、だからこそ白川村に悩める若者が集まってくるし、人間には必ず「拠り所」となる人や場所の存在が 必要なんだと思う。

そういう、誰かの「居場所」となれるようなコミュニティづくり・場づくりを、ずっとしていけたらいいなと思います。


2日前から、石垣に帰って来ています。暴風域入っちゃって閉じ込められていますが、八重山ヒト大の停滞していた色々なことを、ちゃんと前に進めていきたいと思ってます。

2週間ほどいるので、何かあれば声かけてください🙇‍

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ABOUTこの記事をかいた人

1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものか現場体験を伴いながら学びたいと思い、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。 24歳のときに交通事故を経験し、頭を打ったことで高次脳機能障害という脳の障害(短期記憶力をはじめ、注意力・認識力・判断力・適応力など、成長とともに自然と獲得してきた色んな脳機能が、突然普通じゃなくなるやつ。脳が疲れやすいのですぐ眠くなっちゃう。)と、 手足に軽度の麻痺(感覚麻痺少し、運動麻痺は初対面の人になんかどったどった歩く人だなとか不器用だなと思われるくらい)、筋力・体力・精神的キャパの著しい低下状態が現存。 岐阜・東京での入院生活を経て、現在はUターンした石垣島で復職を含めた社会復帰中。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが、今の目標。)ヒトを含む動物が好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。