「賢い人が考え抜いた名言」を聞くと人生が豊かになるけれど、自分の血肉となるのは「自分の言葉」だけである

こんにちは。よもぎです。

突然ですが、私は人と顔を合わせて対話するのが好きです。自分以外の「人生の話」を聞くことは楽しいし、特に「その人の人生から生まれたオリジナルの言葉」を聞けることは面白いなと思います。

世の中にはものすごく多様な生き方があって、それと同じ数だけ、その人だけの「オンリーワンの言葉」というのもあると思っていて。その人の持って生まれた性質と 独自の経験が掛け合わされたからこそ語れる言葉。そんな繊細なものほど、インターネットや本 と言ったオープンな場では語られることが少ない気がしてる。

普段は言葉にされないような精神的な深い部分の話とか、家族のこととか、性のこととか、すごくディープだけどその人の経験がなれけば存在しなかった言葉が、ほろほろっとこぼれだす夜が たまにあって。そんな瞬間に立ち会うと とても感動するし、やっぱり人はいいな、生きるのは面白いな、と感じる。

田舎のお酒の席とか、若者からおじーおばーまで色んな世代の人が一緒になって、そういう胸がぎゅっとなる尊い言葉を交わし合うから、そんな時間がとても好きだ。

そしてそういう濃厚な言葉を聞くたびに、「このすてきな言葉は、私がいくら深く共感して 腹落ちしたところで、絶対に本人以上の温度感を伴うことはできない。本当の意味で理解するには、自分自身がリアルに体験して吸収する以外ないんだよな。自らの体験から浮かび上がってくる実感を”自分の言葉”で語って初めて、説得感や影響力を持っていくのだよな。」と思わされる。

私は日々の生活や仕事の中で学びがあっても、なかなか丁寧に言語化する癖がつけられないので、もうちょっと意識して自分の言葉に耳を傾けてみようと思わされる。

ただロジカルに考え過ぎると直感的な言葉を無視してしまったりするから、肩の力を抜きながら、自分のインプット欲求・アウトプット欲求とバランスよく、丁寧に向き合うのが大事だね。

誰かの尊い言葉はためになるけれど、1番に大切にすべきは「自分の言葉」。

「今の自分」を理解して、日々自分らしく生きることを忘れんように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

ABOUTこの記事をかいた人

1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものか現場体験を伴いながら学びたいと思い、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。 24歳のときに交通事故を経験し、頭を打ったことで高次脳機能障害という脳の障害(短期記憶力をはじめ、注意力・認識力・判断力・適応力など、成長とともに自然と獲得してきた色んな脳機能が、突然普通じゃなくなるやつ。脳が疲れやすいのですぐ眠くなっちゃう。)と、 手足に軽度の麻痺(感覚麻痺少し、運動麻痺は初対面の人になんかどったどった歩く人だなとか不器用だなと思われるくらい)、筋力・体力・精神的キャパの著しい低下状態が現存。 岐阜・東京での入院生活を経て、現在はUターンした石垣島で復職を含めた社会復帰中。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが、今の目標。)ヒトを含む動物が好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。