こんばんは🌙 今日の暮らしを残します。

朝の散歩。帰島してもうすぐ1ヶ月経つけど、まだ毎朝の景色や匂いが、嬉しいよ。

ちよは、私の部屋の仕事スペースが大好きです。

私の入浴中の両親の会話😂 25歳にもなって、1人で自宅で留守番することを こんなに心配されるようになるとは、思っていなかったよ。

退院後の暮らしでいつもお世話になっているご近所のカフェに、初めて1人で歩いてパンやクッキーを買いに行ったよ。もともとの方向音痴が、更に増し増しになってることを実感したよ。

カフェまでの道中、道に迷ってヤギちゃんの前を何往復もしたから、すっかり仲良くなったよ。

giving tree home」さん、ただ予約していたパンを取りに行っただけなのに、いい香りのブレンドティーを出してくれたよ。

障がいのある方が作られた作品。石垣の「幸せさまさま」という就労支援センターで販売されていたそう。絶妙に力が抜けてて 愛らしさがあると思う。代表理事の井出さんは、自らも左半身にまひがあるそう。すごいパワー。いつか八重山ヒト大学で取材させてもら頂きたいと思ったよ。

かわいい。作り手さん、愛のある作品をありがとうございます。我が家でちゃんと大事にしているよ。

最近、会う人会う人に「今の出来事、ブログに載せないでね!!」と言われることが多い。今の私は、忘れたくないなと思った出来事をなんでも書いちゃうから、信用がないね😂

あと、入院中はお腹鳴ることがなかったと思うんだけど、島に帰ってきてから久しぶりにお腹が鳴って、「おおお・・・!体、頑張って生きたいんだね・・・!!」って、ちょっと感動したよ。

毎日、島の自然の空気の中で健康なリハビリができているおかげだね。

自然治癒力の鍵は「共鳴」。|未来はつくるもの

△の記事から引用

西洋医学、東洋医学。

イメージは、科学的に証明されているものと、まだこれからのもの。

(中略)

限界点に達すれば壊れるし、全体と調和すれば緩んだりする。

(中略)

地球の自転、海流、磁場、天候、月の満ち欠けによる海の満潮・干潮、海の生き物、女性の生理周期。知らず知らずのうちに、自然が作るリズムの中で生活し、自分達も共鳴し影響を受けている。

私が小6くらいの頃のアカハチの夏公演で、ハコとタオに向かって おじい(客演の藤木勇人さん)が言うセリフ「潮の干満、月の満ち欠け・・・」で始まって「されば、この島に、お前たちの過去と未来があることを、知らねばならん。」みたいな終わり方をするシーン、なんとなくは思い出すけど、所々微妙なのがムズムズするよ。正確に全部のセリフを覚えてる方、教えてください・・・!!

第19話『サトウキビの風に吹かれながら僕は哲学者になる』|シマとの対話

△から引用

自然と共生するということは、
ある意味「格闘!」すると
いうことであり「対等」であるということである

(中略)

キビを「刈る」ということは、
サトウキビの命を「絶つ」ということだ。

絶たれて生きる、命もある。

(中略)

そして、思う。
生きるとは「感謝」すると言うことだ。
感謝から始まるモノも、あるということだ。

(中略)
なあ、親父。
明日、一日だけ島に帰っていいかい?
今年の自分を占うのさ。
息切れしそうな自分の限界を
試す、旅にでたいんだ。

返事なき畑の上に一人
風の声に耳を澄まし独り。

「命の尊さ」について考えた。

第21話『大願』(南島詩人・平田大一)|シマとの対話

△から引用

「人は この世に 生まれ出るときに
目に見えない 誰かに向かって
『わたしは お願いが あります』
と 話して 生まれてくるってさー」

島で生きると決めたのは
ほかでもない
この僕だ

新しき島人よ
若き島人よ

大切なことは
「この島で生きる!」
と自分で決めることなんだ

「自分自身」で決めることなんだ。

「始まりも終わりも自分で決める
僕の歩くこの道に行き止まりはない。」

第20話『失敗の自由』(南島詩人・平田大一)|シマとの対話

△から引用

失敗の許されないこの国で、
「失敗の自由」を説くのは難しいけれど、
僕たちは何度でも立ち上がれることを、
僕は何度でも立ち上がることを君たちと約束しよう。

力を持った個人の集まりこそが、
本当の群れとしてのパワーを持つことを!

どうか、君よ!
強く持ってほしい!

(中略)

それぞれが、それぞれの夢に
辿りつけますように。

(中略)

僕も君も大切な存在なんだ。

私はとてもラッキーだ。今も今までも、正しい道標を与えてくれる存在が、常に身近にいるなと思うよ。

おやすみなさい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身。早稲田大学進学のため上京。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。24歳の冬に単独の交通事故をおこして、岐阜・東京の病院での入院・リハビリを経て、25歳現在は地元の石垣島北部にある実家で療養中。 対話・福祉・コミュニティ形成などに興味があります。白くまアイスと、味噌汁と、踊ること、撮ること、書くことが好き。