今日は、八重山ヒト大学の創立記念日で、これから三年目を迎えるというタイミングでした。

舞台の上のあの感動を超える「何か」を、私はずっと探し求めていたんだ。

2018.9.25.

△ このときはまだ、現事務局長のつぐさんが「インタラクティ部」だ!!

「おかえりね」と言ってくださる方が、私の周りにはこんなにもいたんだな‥‥、帰れる場所がこんなにもあったんだな、と今回の事故を機に 改めて気づくことができて、そのことを とってもありがたく感じることも、前よりずっと深く できるようになったと思いました。

https://twitter.com/yaeyama_hitodai/status/1307474677137195008?s=21

今こうして 八重山ヒト大学を立ち上げてからの仲間のみんなとの歩みを ふと振り返ってみると、あっという間といえばあっという間で、その一方では「まだ2周年なのか‥‥!」と 過ごしてきた時間の厚みを、しみじみとありがたく感じたりもしています。

昨日は副学長の千花姉とも久しぶりの再会を果たすことができて、散々喋って泣いて、相変わらずの彼女のかっこよさや、人としての魅力、そして心の温かさに、改めて惚れ直してしまいながら、嬉しい限りの一日でした。

「島にルーツがある若者の活躍の場を作りたい。」Uターンした石垣島で若者の生き方の選択肢を広げようと活動する、橋爪千花さん。| 八重山ヒト大学

「コーチ(指導者)」じゃなく、いつまでも「リーダー(現役の競技者であり先導役)」で在り続けたい、というような対話は、入院中にリハビリの先生方ともよくした記憶があるけど、「ファーストフォロワー(最初に応援する人)」が大事なんだよね、というお話は昨日初めて聞かせてもらって、でもなんかすっごく納得感があって、私も今までの自分の実感を伴いながら「ああ、あれは、そういうことだったのか‥!」と振り返れる出来事や、人との出会いがいっぱいあることに気づきました。

彼女とは、これから、また八重山ヒト大以外でも、一緒に仕事をさせてもらえる機会を作っていけたらいいなと夢見ています。

あと、なんかふと「今の私が新しくメンバーに加わる立場だったら、なんて学部名にするかな」(八重山ヒト大では、最後に「ぶ」の字がつく単語であれば、なんでも自分で決めていいルールにしている)と考えてみたとき、『しのぶ』かもしれんな、と思ったので、記録としてメモ。

私たちのこと

いつか、新しい代に学長をバトンタッチすることが叶ったら、そのときの私は何という学部の学部長にするだろう☺️

場所はとぶけど、いま白川郷ヒト大学の方でも、以前から繋がるべきと思っていたご縁は、やっぱりちゃんと現実的な仕事の形となって繋がってきているようで、不思議な感覚になっています。

そういやね、今回の事故を機に、身内からも第三者からも、言われまくったことが「よもぎはいつも すごく生き急いでいるように見えていたよ」ということなんです。

だからこそ今回の一連の出来事は、「もう一度 生き方を見つめ直すべきだよ」というメッセージに 私自身が気づかせてもらうために、天から与えられたものだったのかもしれない、と感じています。

これからは、もっと意識して、ゆっくりと地に足をつけて、生きていこうと思います。

あと、リハビリを兼ねた島でのお散歩や、お米を重り代わりに使った体のトレーニングを、いざ自宅でしていても、やっぱり病院独特の不健康な香りがする環境よりも、島の豊かな命溢れる空気の中でする方が、圧倒的に効果がある気がします。

入院中に病院内でインタビューをさせて頂いた、尊敬するスタッフさん方もそうだけど、私が勝手に慕わせてもらっていて(勝手に懐いて、と書く方が適切かな?)地元の先輩のように呼ばせてもらっていたPTのDちゃんにーにーとか、チームは違ったのにいつも親しくしてくれていたOTのKちゃんにーにとかにも、いつかご家族やパートナーや お友達と一緒にでも、島に遊びに来て欲しいなと思っています。

「俺も人生の迷子だよ」って言葉、ほんと人生って迷路だもんね。

2020.6.27.

誠実な人は、ちゃんと伝わる。ってS先生が言ってた。本当にそう思う。

2020.7.21.

あと最後に、私の入院中の担当をしてくださっていたPT主任さんがブログでオススメしていた「カマンベールチーズ+おかき+牛乳」、たまたま自宅に全部の食材があったのでやってみたら、めっちゃ美味かったよ!皆さんもお試しあれ!

幸せの形はさまざま。(深夜に見るの厳禁)| 未来はつくるもの

あとこちらの記事もめっちゃ共感したのでシェアね。

心の弱さは、最強の武器。| 未来はつくるもの

△の記事より引用
常に壁にぶち当たっている人ほど、乗り越えたあとのエネルギーは凄まじい

皆さま幸せな夜を!

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身。早稲田大学進学のため上京。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。24歳の冬に単独の交通事故をおこして、岐阜・東京の病院での入院・リハビリを経て、25歳現在は地元の石垣島北部にある実家で療養中。 対話・福祉・コミュニティ形成などに興味があります。白くまアイスと、味噌汁と、踊ること、撮ること、書くことが好き。