リハビリ病院のスタッフさんへの取材、vol.4は、沖縄出身仲間で、私の地元 八重山諸島 石垣島の「八重山病院」でも勤務経験がある、看護師さんのH先生に依頼をさせて頂きました。

私の担当をしてくださったことがある、とかではないんだけど、確か私が入院してきた最初の頃に、わざわざH先生から声をかけてきてくれて。同郷ということもあって、日頃から気軽にお喋りをさせて頂く関係性になったんです。

なんとH先生と私、誕生日も一緒なんだよ。「ご縁があるんだな」と勝手に感じているよ。

「人のために生きる。」作業療法士として日々奮闘中のMさん。

2020.7.23.

「自分は駄目だ」の思いから始まったからこそ、患者さんにも後輩にも同じ目線で寄り添うことを大事にする。言語聴覚士としての使命を全うしながら、日々己と向き合い続けるIさん。

2020.8.1.

「素直に生きる」ことの大切さを体現するS看護師。

2020.8.2.
↑の記事は この連載シリーズの vol.1〜vol.3の記事です。よかったら、せひ合わせてご一読を。

注釈
「先生」と呼ぶのは、医療従事者の間では一般的に「医師」のことだけを指すかもしれないが、この連載では私が普段から使っている呼び名の習慣で、看護師やリハビリスタッフに対しても「〜先生」と表記させて頂く。

H先生の心の暖かさと、常に丁寧な物腰の理由、沖縄出身でありながら 東京に腰を据えた経緯などなど、一度じっくりと伺ってみたかったんです。

それでは、早速、いきましょね。


患者さんの回復の様子に立ち会わせてもらう度、「この仕事をしていてよかった」と幸せに思う。

ーー H先生、改めて、今日はよろしくお願いします

はじめに、読者にも先生の人物像がイメージしやすいように、H先生のこれまでの人生の歩みについて教えて頂けますか?

はい。喋るのがあんまり上手じゃないんだけど、どうぞよろしくお願いします。

自分は沖縄県で生まれ育って、18歳で沖縄本島の地元の高校を卒業しました。そこからは准看護学校に進学して、2年間通い、そこを卒業後は再度進学して、3年間かけて正看護師になりました。そこまでは沖縄本島で過ごしていて、24歳になる年に、沖縄本島よりも南西にある、石垣島の「八重山病院」で働くことになりました。そこから4年間は石垣島で過ごしました。・・・なっつかしいな・・・。

で そこから「ちょっと、一度沖縄を出てみようかな」と思い、大阪の病院の方へ行って、5年間 過ごしました。

ーー 石垣と大阪はどうして選んだの?

大阪は従兄弟いとこがいたというのもあって、かな。親戚が居る安心感があったし、なんとなく身近な存在だったんだと思う。

で、数年経ったらまた「別の場所に行ってみよう」という思いを持ち始めて、東京に友達がいたこともあったので、関東に行くことにして。家賃とか諸々の都合で、千葉で暮らし始めました。

その後 千葉の病院で2年間くらい働いて、今度は埼玉の方に引っ越しをして、今のこの「赤羽リハビリテーション病院」に来ました。

ここの病院で働いて4年半が経って、現在に至ります。

石垣島の方は、看護師になるためには一度僻地へきちでの実習経験も必要で、「それなら早いうちに行っとこう」と思って行きました。

ーー ありがとうございます。では、看護師さんをされていて「やっていてよかったな」と感じるときはどんなときですか?

そうだね・・・。ここはリハビリ病院なので、もともと入院されてきたときには 思うように動けなかった患者さんが、ちゃんと歩けるようになったり、自分でできることが増えて 最終的にはとても回復してお家に帰れるようになったりするのを見届けられると、嬉しいよね。

退院のお見送りのとき、「この方は入院時こうだったな・・・」といつも思い返すから、回復の様子に立ち会えたことに毎回 感動するし、この仕事をしていてよかったなと、改めて幸せに思う。

ーー それは、「看護師 冥利に尽きる」の言葉がぴったりの、とても胸温まるお話ですね。私も退院のときには、お世話になった病院の方々にそう思ってもらえるように頑張ります。

・・・H先生は、このリハビリ病院の後は、また普通の病院で働きたいという気持ちもある?

うーん、まだ分からないね。どこかに移動しよう、とかはまだ考えたことがないな。

ーー そっか。

・・・だいぶ勝手なお願いなのは承知の上だけど、どうか私の退院まではこの病院にいて欲しいと思っちゃうな・・・。

では次の質問にいきますね。H先生が強く影響を受けた人や言葉、出来事、印象深かった本、作品などはありますか?

う〜ん、いっぱいあるはずなんだけど、いざ聞かれてみると、難しいな・・・。

本は小説ばっかりしか読まないからな・・・。「巷説こうせつ百物語」っていう、まぁざっくり言うと妖怪の本なんだけど、それにどハマりしてしまった時期が2〜3年前にあったよ。「やっつけ仕事人」みたいなお話で。なんか、物語の中で起こるトラブル全てを妖怪の仕業しわざになぞらえて、というか、実際に妖怪は登場しないんだけど、あたかも妖怪が居るような感じで、最終的には悪い人を懲らしめるようなお話で。

もしも興味があったら、ぜひ読んでみて欲しい。時代小説だからね、ちょっと最初は 手を出しづらいかもしれないけど、すごく楽しめると思うよ。

ーー 気になる・・・!退院したら、きっと読んでみます。

あと、H先生があまり沖縄の男の人っぽい雰囲気がなく、物腰がとても丁寧なのはどうしてだろう?

あれ、そう?沖縄っぽくない?それは初めて言われたと思う。

同僚からは「めっちゃ訛ってる」とよく言われるけどね(笑)確かに沖縄にいるときから「沖縄人にしては顔が薄いね」とかはよく言われてた気がするな。

話し方も、もちろん沖縄に住んでた頃は特有のイントネーションとかがあったと思うけど、そこまでね、なんか、方言を使う機会がなかった、というか。

もちろん 話してる言葉の合間合間に沖縄独特の言い回しは出てきちゃってるんだろうけど、うちのお爺ちゃんお婆ちゃんが、自分が小さい頃から、自分がいる場では方言を使ってくれなかったわけさ。

ーー それは意識してということ?

だと思う。多分、うん。理由をはっきりと聞いたことはないけど。

ーー ご両親も使わないの?

うん 使わないね。ただ、祖父母と両親が喋ってるときは方言を使ってた。なにを話してるかはなんとなく分かったけど、「じゃあ全部 方言だけで喋ってみ」って言われたら、やっぱり喋れなかったと思うな。

ーー あとは沖縄を離れてからだいぶ時間が経ってるから、やっぱりそれもあって抜けちゃったのかな‥?

そうかもしれんね。やっと、だいぶ遅いけど、シティーの色に染まってきたかもね(笑)

迷ってる自分も、悩んでいる自分も、全部受け入れながら生きていくからこそ、周りの人にも同じ目線で寄り添える。

ーー では、H先生がいま描いている夢はある?

う〜ん。なかなか、この仕事は辛いと思うことの方が多いからさ・・・。

日々 あまりにも神経を使いすぎてるから、いつの間にか疲弊し過ぎちゃっていて。仕事が終わって 家に帰ったら、ぐったりしちゃってることも多いわけさ。

だからこそ、好きなことを仕事にしてる人に対して、憧れている節はあると思う。

ーー 私は、まだ人生経験が浅いからだと思うけど、働いていて辛いと感じた経験は、少ないな。

でもそれは、よもぎちゃんが選んだ仕事や働き方が、すごく自分に合ってたってことじゃない?

ーー ・・・そうなのかもしれないね。それは、とてもラッキーなことなんだ、と改めて分かったよ。でもやっぱり、向き合ってるものの大きさが違うと思うんだ、医療系の職とは。やっぱり「対 命」の仕事は、とても尊いね。

そしたら、H先生が最終的な目標や夢を描くのは、まだ もうちょっと先のことかな?

うん、そうだと思う。

ーー まだ若いもんね。これから先のが長いね。

そうだね。‥‥よもぎちゃんのが若いけどね(笑)

ーー そうだね。えらそうに喋っちゃって、ごめんね。

いやいや そんなことは全然ないよ。ときどき、よもぎちゃんは 悟ってるような雰囲気があるもんね(笑)

ーー そうなの? でもそう言われると、確かに、マブイ(沖縄の方言で「魂」のこと)落としがちかもしれんね(笑)では、こっち(関東)に来て、ご結婚されたけっかけとかは、聞いてもいい?

きっかけ、かぁ。なんだろう。自分の年齢と、相手の年齢と、付き合った年数とかを、総合的に考えてかなぁ。

もちろん結婚前から「この相手はずっと一緒にいる人だ」という気持ちは前提にあったけど、付き合って3年くらい経ったときに、結婚を意識するようになったね。

ーー はやいね。

早いのかな?・・・早いか。

ーー でも、これは人それぞれだから、正解というのはないもんね。

そうだね。自分たちのベストタイミングがそこだった、ということなんだと思うよ。

答えが分からないからこそ、学ぶ楽しさを知れる。

ーー じゃぁ最後に。「天命」っていうものが、もしあるとしたら、「生まれ持った使命」というものがあるとしたら、H先生はなんだと思う?

「何のために生まれてきたのか」ってことだよね。それは、看護師としてではなく、1人の人間として?

ーー うん。自分自身の生き方として。

う〜ん、難しいな‥‥。

考えたことがないね。いま聞かれて初めて、ちゃんと向き合って考える機会をもらったな。

ーー 看護師の仕事は「天命」とは違う?

どうだろう。面白いこともやりがいもいっぱいある反面、やっぱり多分、しんどいことの方が 多い仕事だからさ。

「いつか何か他の、全然違うこともやってみたい」「自分が心から好きだと思える仕事を見つけられたらいいな」ってのは、今もずっと思っちゃうことだね。

いやぁ・・・うーん・・・天命‥使命か‥。

看護師の仕事をしていても、へこむことや嫌なことがあると、「自分は本当にこれをやるために生まれてきたんだっけ?」と疑問に感じることはあるし、「なんでもやってみなくちゃ分からない」と思っているからこそ、「もっと いろいろ手を出してみたらよかったのかも」と感じることはあるよ。

自分は、映画とか、絵を書くこととか、アートも好きだから、「もっと他の世界を見てみたかったな」とかの気持ちがあるんだけど、それは無理して隅っこに追いやる必要もないかなと思うし。

自分は高校卒業してすぐにこの医療の世界に来たからさ、本当にここしか知らないんだよね。もっと他の世界を知れたらいいな、とはやっぱり今も思うよ。

ーー H先生は、私(患者)の視点からだと看護師の仕事がとても合っているように見えるけど、それでもやっぱり この仕事を「天命」だとは感じないんだね・・・。

医療関係の仕事をしていると、さっきも言ったように やっぱりすごくマイナスな感情に引っ張られることがあるからさ。

もともとね、自分自身の性格がネガティブだから、この仕事はだいぶストレスが溜まっていくのね。日々あまりにも神経を使いすぎている感じはする。

「仕事が好き」「仕事が楽しい」と言える人が、今の社会でどれだけいるのか分からないし、大変なのは どの職種も一緒だと思っているけど、「他の仕事もしてみたい」とはやっぱり、今でも 思っちゃうな。

ごめんね、よもぎちゃんの前で看護師がこんなこと言って。

ーー いえ、こういう場でも、年下の患者相手でも、いつも本音の言葉を語ってくれて、本当にありがとうございます。

働き出してからもずっと、学びは続くね。

本当に、そうだね。まだまだ勉強しなきゃね。

こちらこそ、今日はありがとうございました。


H先生の年齢 41歳

好きな場所 自宅。お家で何もしてない時間が 多分1番好きだと思う、と。30歳過ぎた頃からは本をよく読むようになり、今は読書の時間も大好き。読書に目覚めたきっかけは、「本屋で働いていた友人のプレゼンがうまかったからだと思う」とのこと。小説をよく読んでいる。

好きな食べ物 テンションが上がるのは、ハヤシライス。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。今は東京赤羽リハビリテーション病院に入院中(早稲田は退学したよ)。今後は未定。 踊ること、撮ること、書くことが好きです。