事故後 救急搬送してもらってから2ヶ月間くらいお世話になっていた、岐阜高山にある高山赤十字病院(急性期病院と呼ぶそうです)から東京の赤羽リハビリテーション病院(回復期病院というそうです)に転院してきて、私の中で印象的だった出来事を、未来の自分のためにも記憶があるうちに書き留めようと、ふと思い立ちました。大切な記憶、忘れたくないな・・・。


・担当PT(理学療法士)のH先生が、いつも心を込めて向き合ってくれていること。私がストレス溜まっているときには、多分なんかを感じ取ってくれて、私の心が充電されるようなケアを必ずしてくれること🙇‍(例えば、私を芝生に連れ出して自由に放牧してくれたりして、リラックスさせてくれる・・・😢)

芝生で寝転んで、すごく心が充電される実感があった朝。ありがとうございました。

2020-08-09

理学療法士(PT)として、患者さん自身が「この病気や怪我には こんな意味があったんだな」と前向きに捉えられるように サポートをすること、関わった人を幸せにすることを使命に、人と真摯に向き合い続けるHさん。

2020-09-13

・前にOT(作業療法士)の担当をしてくれていたM先生が「よもぎちゃんなら絶対にできると思っているから言うんだよ」といつも目を見て 何度も伝えてくれたこと。常に真剣に向き合ってくれていて、心を込めて患者に寄り添って一緒に未来を考えてくれているのが、深く深く伝わってきた。

「人のために生きる。」作業療法士(OT)として日々奮闘中のMさん。

2020-07-23

・赤羽リハビリテーション病院に転院してきた始めの頃に、私の担当STとして 脳や呼吸のリハビリをしてくれていたO先生が、(この病院を離れて新たな活躍の場に行くことになり)いよいよ2人での最後のリハビリの時間を終えるというときに、堪えつつも 泣いたこと。いつも笑顔で私を笑わせてくれたり 励ましてくれたりしていた方だったから、びっっっくりして、初めて(多分最初で最後の)、私が 励ます側になったよ。この病院で働き出してから長かったのか分からないけど、きっといろいろな出来事や人との別れが思い起こされて、なかなか気持ちの整理がつかなかったんだね。

O先生が赤リハ病院を離れるときに置いてってくれて、ずっとお守り代わりに机に貼っている紙。

・いま担当ST(言語聴覚士)をしてくれていて 信頼しているI先生が、カニューレ(事故後しばらく自発呼吸がでなかった私は人口呼吸器をつけていて、その人口呼吸器を外せたあとも、呼吸を助けるために喉に装着してた器具がカニュレという名前)を外すときに、ずっと傍についていてくれたこと。呼吸に関することだったし、慣れない人と環境の中でとても不安だったから、I先生がその場に居てくれたことがすごく心強くて、安心した。まだ若い方だから、果たしてこの言葉が褒め言葉になるのかどうか分からないけど、本当に素直に当時の心境を言葉にするなら、大きな父性を感じた。

「自分は駄目だ」の思いから始まったからこそ、患者さんにも後輩にも同じ目線で寄り添うことを大事にする。言語聴覚士(ST)としての使命を全うしながら、日々己と向き合い続けるIさん。

2020-08-01

・OTさんの担当が変わったときに、新しいOTの担当さんと人としての相性が合わなくて、でも誰にも言えなくて、逃げられなくて とても辛くて、どうするべきか分からなかったときに、担当看護師のS先生がわざわざ夜に部屋に来てくれて、私の話を丁寧に聞いてくれて、涙を受け止めて吐き出させてくれたこと。

まだ何も言ってなかったのに、気にかけてくれて気づいていてくれたことがありがたく、めっちゃ泣いて、すっきりした。狭苦しい病院生活から逃げ出そうとしていたのを、救ってくれた。本当にありがとうございました。

尊敬できない方とは、私は一緒に居られない。と改めて気づいた。

2020-08-08

「素直に生きる」ことの大切さを体現し、医療現場で心を込めて人に向かい合う、看護師のSさん。

2020-08-02

アイキャッチは、今日PTのK先生と行った赤羽自然観察公園での写真☺️ 草と木と水と土のいい香りがして、深〜く深呼吸ができて、猫が可愛くて、平和な景色見れて、元気出た。

やっぱり私はコミュニケーションが丁寧な人が好き。と改めて思った。

2020-07-07

ありがとう。

あと、いい記事見つけたから、「高次脳機能障害って一体なに?」「どんな症状があるの?」と興味を持ってくれた方は、ぜひ読んでみてくださいな🙇‍

多いのに“見えない障害” 高次脳機能障害|全日本民医連


赤リハ病院の理念「手には技術 頭には知識 患者様には愛を」。この姿勢が本当に身についている方々に日々お世話になることができている今に、感謝します🙏

いつか振り返れるようにと、後日追記

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ABOUTこの記事をかいた人

1995年、沖縄県石垣島に生まれる。大学進学を機に上京後、地域づくりとはどういうものなのか学ぶべく、19歳で休学して岐阜県白川村に移住。2020年に交通事故と入院生活を経て、帰島。 場づくりやコミュニティ形成について、実践を通してじっくり学んでいくのが楽しいです。実体験を伴わない、頭でっかちな言動をとらないように、という自戒も込めて。 踊ること、撮ること、書くことが好き。(それぞれ、少しずつでも楽しく再開していくのが今の目標。)ヒトを含む動物が好き。食べるのが極端に遅いですが、食べることは大好き。珈琲のおともで最近のヒットは、ISHIGAKI LABOのクイニーアマン。