冬は落ち込んでいいし 生理のときは休んでいい。春になったら 自然と元気になれるから。

 

白川村にも、だんだんと春がやってきた。

家の雪囲いも半分外れた。残りは玄関だけ。

玄関にも春の花。

ストーブももうすぐ仕舞いどき。

車のフロントガラスにも桜の花びらが。

軽トラの荷台も。

長い冬が終わって、春の植物が芽を出し始めた。

美味しい季節。

昨日は金沢へお花見に。

金沢の兼六園

水に浮かぶのも綺麗。

散ってもきれい。

流れても綺麗。

気持ちのいい1日だった。次はお弁当を持って行こうと思う。

最近は晴れが続いていて、白川村の空も温かい色になってきた。

この数ヶ月ずっと、目に映る景色は白一色だったので、久しぶりの優しいオレンジ色に、気持ちが和らぐ。

この色がとっても綺麗なんだけど、写真では伝わらぬ。

裏の山にも、新緑の気配が。

朝起きて最初に見る景色。この薄い雲が動いているのを、ベッドからぼーっと眺めてるのが好き。

今という時間は、「今、どこにいるのか?」ということ。

先日、2年ぶりに「地球暦」のイベントに参加した。白川村で合掌民宿を営む山本屋さんの主催で、地球暦の考案者である杉山開知さんをゲストに招いてのトークライブだった。

クリックするとイベントページへ飛ぶよ

はじめに簡単に説明をしておくと、地球暦とは、私たちがよく目にするカレンダーとは少し違う観点で作られた、太陽を中心に地球の一年の動きを見ることができる暦、のことを言う。

太陽系を一兆分の一に縮小(正確には火星まで)して、一枚の紙に落とし込み、春分から始まる円の一周で一年を表す。

こんな感じ。

使い方はシンプル。地球をはじめ、金星、火星など惑星の軌道上の今日の位置にピンを立て、毎日ひとつづつ左周りにずらしていくだけ。

そうすることで、今、地球が太陽系のどのあたりにいて、どの惑星とどのくらいの距離があるのかが、一目でわかる。

地球の軌道には、日本の旧暦「二十四節気」も記載されているので、「立春」とか「土用」とか、季節の節目を意識できるようになったり、

何かを始める(または終わるとか休むとかでも)タイミングについても、自分からちょっと離れた大きな視点で捉えることができるようになる。

例えば、「立春」は春のはじまりであると同時に春夏秋冬の「四季」のはじまりも意味するので、何かを始める節目として適しているなと感じたり。

「土用」は四季の変わり目の準備期間であり、昔の人たちはこの時に衣替えをしたり次の季節にそなえたりしていたので、その土用入りに合わせて少し体を休めたり、物事の備えを整えていこう、と意識したり。

月の動きも分かるので、女性は生理の周期を記録してみても面白い。生理不順だった方が、地球暦をつけていくことで月の周期を意識するようになり、不思議と生理周期が整っていったという話も聞いた。

開知さんの言葉を借りれば、地球暦は「太陽系に生きている人たちのための 時空間の地図」であり、

普通のカレンダーからは読み取れない自分の今の居場所について、分かりやすく教えてくれるアイテムだなと思う。

普通に使われている暦は時代や場所が変わると、一瞬にしてまったく表現も意味も違ってくるものです。それは暦が自然に生えている草や花とは違い、人間によって作られた人工的、意図的なものだから。

でも、「今日」という日、「今」という時間はどこにいても違わない。同じです。時間は全ての生き物に平等に流れているからこそ、地球上で暮らす全ての生き物が使うことのできる暦として、地球暦をつくりました。( greenzの杉山開知さんの記事より抜粋)

最近、白川村で地球暦を使っている方から、

「白川の冬は寒くて陽の光も少ないから、どうしても気持ちが落ち込んじゃうよね。

外にも出たくないし、頑張る気になれずに自分ってダメだなあって思ったりするけど、それって実は悪いことではなくて、自然のリズムに調和しているだけなのかもな、とも思うんだ。

だって毎冬どんなに落ち込んで静かに過ごしてても、春になってワーッと新緑が芽吹いてきたら、また何かやりたいなって気持ちが出てきて、楽しくなってくるじゃん。

人間、ちゃんと地球の一部として、うまい具合に作られてるんだよ。

だから、無理して自然の流れに逆らうことはなくて、冬は頑張りすぎず静かに過ごして良いし、春はその分しっかり準備体操をして、夏にいっぱい活動して、秋はたっぷり1年の実りを頂いて、また長い冬に備えれば良くて。

“今”を心地よく生きることを、大切にしたらいいと思うんだ。」

という言葉を聞いて、そうだなあ、と心から共感した。

「頑張る」ことだけが良いことだと思っていた時はしんどかったし、頑張っている自分にしか価値を感じられなかったときは、いつも疲れてたから。

白川村の四季にも、1つ1つの季節に美しさがあるように、自分自身にも色んな周期があって、どのタイミングの「今」も、自分らしく生きることを認めてあげて、楽しく生きていけたらいいなと思う。

メンタリングしてもらうの、面白い。

私は子どもの頃から聞き役タイプで、人のお悩み相談を聞くことが多かった。それも割と嫌いじゃなかったので、大人になってからも対話や取材を通じて人の思考整理を手伝う機会が多く、ファシリテーションやコーチングにもずっと興味を持っていた。

そしたら最近、ある信頼する先輩から、「メンタリングの実験相手になってくれない?」と誘われ、現在は週に1回くらいのペースで電話で色んな話を聞いてもらっている。

すると、これがとても面白くて、自分1人では行きつけなかったところまで自己分析できたり、やろうと思って先延ばしになっていたことを実現できたり、思考が止まっていた物事を言語化できたり、良いことが沢山あった。

私は日常の中で、人と深く対話をする機会が多いので、なんとなくそれなりに自己分析・自己管理できている気でいたし、人の話を引き出すのも得意な方だと思っていたんだけど、

今回体験してみたら、やっぱり友人同士で行う対話と、メンターという存在を相手に、メンタリングを目的とした関係性の中で話をするのとでは、全然意味合いが違うんだなと気づいた。

忙しい日々の中でも、こうして自分の言葉で自分の人生を語る時間を作ることは、とても大切で、人生を豊かにしてくれると思った。

誰にメンターをお願いするかはとても重要だと思うけど、ぜひ色んな人にメンタリング試してみてほしいなと思う。

▽ このnoteがおすすめ。

自分に本当に必要なメンターの探し方( Yasuhiro Yoshizawa )

 

あと最後に、久しぶりに見かけたいばや通信の記事が良かったので、貼っておく。

 

楽しく生きよう。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。 石垣島と白川村を行ったりきたりしながら、人がよりよく生きるための学びの場づくりを模索・実践中。踊ること、対話することが好きです。