SNS時代に生まれた幸せと、距離を置きたくなる気持ち。

「繋がりすぎるこの時代だから、繋がらない時間も大事にしたい。」

これはSpotifyから流れてきた広告のキャッチコピー。

今日の朝 また雪が降った。4月とは思えない景色。春は遠い・・・。

最近しばらく、snsの更新を休んでいた。

色んなイベントが落ち着いて、しばらく告知活動もしなくてもいいから、ちょうどいいタイミングだなと思って。

つららが下がると屋根がアートになる。水から生まれる作品は全部綺麗だ。

私は、snsが好き。とっても便利だし、楽しいし、この時代に生まれて良かったなと心から思う。

でもたまに、疲れちゃうことがある。

スマホやpcで常に色んな情報を目で追って、移動中にはラジオを聞いて、作業中には音楽を聞いて、機械越しに情報をインプットしまくる日常に、違和感を感じるタイミングが、定期的にある。

ものすごい速さで情報が流れていくネット社会で、自分のスタンスや、SNSとの距離感が、よく分からなくなってきてしまう。

そんなときは、休むに限る、と思っている。

デジタルデトックスで、一定期間、情報を追うのも、発信するのも止めてみる。

そうやって目の前の景色や人に集中する日々を重ねていると、どこかでまたスッキリした感覚が戻ってきて、自分らしさを取り戻せる感じがする。

物も情報も、溢れるほどにある時代だけど、それ故に、自分の幸せがどこにあるのか見失いやすくなってしまっている気がする。


最近、信岡さんが投稿していた文章に、とても共感した。

多くのものが受け取れる時代になりすぎて
ページ(更新ボタン)をめくれば、
喜怒哀楽が目を回してしまう。

どの色でもない感情といいますか
全ての人への配慮のある文章など
書けるものではないのだなと
書きながらしみじみしてみたり。

目の前の人、一人の心に
寄り添うことが
案外と自身の心に錨を下ろす作業に
なるのかもしれませんね。

なんとなく、
SNSとかみたいなものとの距離を

読むとか、投稿するとか
イベントに誘うとか、コメントするとか

そういう距離でない所に
置きたくなったのかもしれません。

分かるなあ、と。

最近スマホを眺める時間が減ると、季節の移り変わりとか、目の前で起こっている出来事について、いつもより敏感になれている気がする。

水の動きをぼーっと見ていたりすると、たまにとても綺麗な瞬間に立ち会えることがあって、嬉しくなる。

大自然の中にいるときは、自分と他人を比較することもなければ、自分の内側と外側の区切りが溶けていく感じもして、気持ちいいなと思う。

そういう瞬間を大事にしながら、生きていきたいなと思う。

あと最近、言葉にすることだけが全てじゃないんだ、とハッとする出来事が多くて、

全ての感覚を言語化して言葉に当てはめようとするのは、ちょっと違うかもしれないな、と思ってきてる。

この間「対話部」のイベントに参加して来て、「直観」という概念を知ったんだけど、とても納得感があって。

「直観」とは、推理によらず、直接的・瞬間的に、物事の本質をとらえることを言うらしいんだけど、

それには言語化とかは必要なくて、むしろ言葉にすることで遠ざかっていってしまう感覚らしい。

普段私たちが学習する上でよく使っている方法は、物事を「外から見る」という捉え方であって、辞書を引くときに言葉の意味を別の言葉で置き換えるように、それまでの自分の知識や経験から相対的に理解しているだけであること。

対して、「直観」と言うのは「内から見る」という感覚で、色眼鏡なしに直に見届けることを言い、みる者とみられる者の居る場所が同じになった上でその対象について知ることを言うらしい。

そして、この直観(または直覚とも言う)という捉え方こそが、本質的に物事を理解するためには必要不可欠なものであるそう。

世阿弥を始め、世界中の色んな歴史上人物が、この直観という境地については語っているらしく、めっちゃ難しいけど、なんか分かると思った。

私の友人にも数名、仙人みたいな、物事の理解がすごく深い人たちがいるけど、確かにベラベラ言葉を使って説明するような印象はなくて、静かにまっすぐに、色々な物事を見て捉えてる感じがする。

私もいつかその感覚を理解できるようになれたらいいなと思うし、

自分の中にある、言葉にできていない思いも、表現するのに時間がかかっている感覚も、無理に押し出してアウトプットする必要はないし、急いで消化する必要もないかもなと思った。

大事なタイミングが来たときに きちんと活かせるよう、焦らず、ゆっくりじっくり、自分の選択や経験や思考を熟成させていって、歳を重ねるごとに深みのある人間に成長していきたいなと思う。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。 石垣島と白川村を行ったりきたりしながら、人がよりよく生きるための学びの場づくりを模索・実践中。踊ること、対話することが好きです。