この1ヶ月、毎週のように東京と岐阜を往復する生活が続いている。

毎日たくさんの文字を書いて、久しぶりに学生らしい日々。こんなに長時間、集中して手を動かしたのは本当に久しぶりで、夢中になって机に向かうランナーズハイ的な感覚が、懐かしく感じられた。

昨夜は、久しぶりに大学に行って、夜の所沢キャンパスを散歩した。静かに流れる時間の中で、冷たい空気と、所沢の森のほんのり甘いにおいに、胸がキュッとなった。

色んな思いが蘇ってきて、珍しく感傷的な気持ちになった。

大学に通っていた1年、苦しかったなあ。もう遥か昔のことのように感じるけど、大事な時間だったなと思う。

たくさん葛藤して、迷って、とにかく飛び込んで、自分の得意不得意・好き嫌いを何度も自覚して、痛みを伴いながらも繰り返し言語化して、自分にとっての幸せや豊かさについて、真剣に考えた時間。

あの1年があったから、あのときのしんどさや無力感があったからこそ、今の自分があるんだということを、なんだかじんわりと思い出した。

4年も休学してる間に、自分の内側でも外側でも色んなことが変わったけれど、昨夜はちょっとだけ自分の原点に立ち返るような時間で、あのときの感覚をずっと忘れないようしていたいなと思った。

懐かしのペガサス。ありがとう所沢。

 


 

話は変わって、今日、初めて自分のために花を買った。

今日は朝から嬉しい出来事が沢山詰まっていた1日で、胸ぽかぽかで帰路についたんだけど、

ふと駅のホームで周りを見渡したら、足元には大量のゲロがあって、側で電車を待っている人たちもみんな顔色が良くない感じで、疲れきった空気が充満していて、なんかとても衝撃を受けた。

東京に住んでいた頃は、そんなの当たり前の光景だったはずなんだけど、今夜はなんだかびっくりしてしまって、悲しくなってきて。

普段は自分のためにお花を買うことなんて滅多にないのに、その夜は衝動的に、駅内で売ってた1輪のお花を買った。

綺麗に生きている命のそばに居たいと思った。

白のレースフラワーはとても綺麗で、その美しさや静けさに救われる気がした。

その日の帰り道は、お酒臭い満員電車や、乗り換えの駅のホームでも、ひたすら手元にあるお花だけを見て、呼吸をした。

島育ちの18歳が東京に住んで思った、自分に合った「暮らしの場所」を選ぶ大切さ。

2017.9.23.

この記事でも書いたけど、私はとても環境に影響されやすい人間なんだなと思う。

東京は、人の群れ、建物の群れ、広告の群れ、目や耳に勝手に入ってくる視覚情報・聴覚情報の多さに、毎回疲れてしまう。

大量の消費を繰り返さなければいけない都会の生活は、どこに行くにも何をするにもお金が必要で、常に沢山のモノに囲まれてるのになんだか孤独な感じで、美しいものとの出会いが少なくて。

常に比較や競争が行われている気がしてしまって、その渦の中にいると、息苦しさを感じてしまう。

昔は、都会でバリバリ働くキャリアウーマンに憧れたものだけど、だんだんと、どうやらその生き方には私には向いてないみたいだ、と分かってきた。

私が私らしく、自分のペースで、心身ともに健やかに、長く幸せに続けていけるライフスタイルは、ノイズの少ない場所にあるなと、石垣や白川での暮らしが体に染みてくるほどに、感じる。

自然に近い暮らしをしていると、他者との比較を意識する機会も少ないので、自分のペースに合った生き方を自然と肯定できるようになる、というのもある気がする。

田舎の良いところ、都会の良いところ、それぞれあるけれど、私には競争社会よりも共存社会の方が、合っていたのだと思う。

自分でも気づかないような些細な嘘やストレスは、積み重なるうちに、必ず良くない出来事に繋がる、とも実感しているから。

なるべく、自分がありのままで、安心して五感をオープンにしておける、澄んだ状態で居られる暮らしを、これからも大切にしていきたいと思っている。

最近、白川の写真を載せていなかったので、今日はまとめて何枚か貼ってみようと思う。

美しいな、と思った時に撮った写真。

心が温まった時に撮った写真。

忘れたくない記憶を、未来に残せるから、写真を撮るのが好き。

幸せな日々を何度も思い出せるように、これからも何気ない日常を撮り続けていきたいと思う。

思いつくままに貼ってみたら、大量になってしまった。溜め込んでる写真を、たまにはこうやって表に出していこう。

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