無理しない。期待しない。「I’m OK. You are OK.」パートナーシップに大切なこと。

 

最近、友人たちと「パートナシップに大切なことは何か」という話をすることが増えた。

人それぞれ、大切にしていることが違って面白いんだけど、今日は私が思っていることを書こうと思う。

無理しない。

これは、かっこつけず、自分の弱いところや不十分なところも見せていこう、ということ。何事も頑張ってばかりでは続かないし、しんどくなってくるから、早い段階で自分をさらけ出すことが大事だなと。

自分が無理しないことは、相手に無理をさせないことにも繋がる気がするし。

あと、互いの得意・不得意を理解しあって、体力や気力の負担をうまいこと分配し合ったり、時期によってそのバランスを柔軟に変動させていけるといいよね。

子育てとかも、私はまだしたことないけど、きっとこのお互いの「無理しない」ポイントをうまく作り合うことが大事なんだろうな、とか思う。

期待しない。

これは、一方的な期待を押し付けて勝手にがっかりしない、ということ。

「私はこんなにやってあげてるのに、相手は何も返してくれない。」みたいなことを思うようになるとしんどいし、見返りを求めて与える愛は、純粋じゃない気がする。

あと極端かもしれないけど、いざというとき頼りになるのは自分だけだし、相手に過剰に期待してしまうことで自分の感情が振り回されて疲れちゃうこともあるから、

いつもとっても頼りにしてるし尊敬しているし感謝してるけど、期待はしてないから、お互い気楽にいこうね。」みたいな関係性でいれるのが理想だなと思ってる。

この塩梅はとっても難しくて、関係が近くなるほど距離感が分からなくなってしまうから、口で言うほど簡単ではないけれど。

「ただ純粋に自分が愛や感謝を伝えたいから」という理由だけで、相手にどんな反応を返されたとしても、「自分がしたかったことをしたんだから幸せ」と納得できることを、お互いにし合えたら、家庭や世界は平和になると思う。

「I’m OK. You are OK.」のスタンスで対話をすること

これは、お互いに独立した人間であって、思考も性格も価値観も違うことを認め合った上で、何か問題が起こったら必ず対話をして、理解を深め合いながら一緒に歩いていこうね、みたいなスタンスのこと、だと思ってる。

私は大丈夫、あなたも大丈夫、という安心感の元で、いつでも対等に話し合いができることは、とっても大切な気がしている。

どちらかが怒ってるときとか、悲しいとき、思わぬアクシデントでびっくりしてるとき、ショックを受けてるとき、興奮してるときとかって、心を閉ざしてしまってたり、感情が高ぶってしまってて、フラットな「対話」ができないことが多々あると思うけど、

この「I’m OK. You are OK.」の姿勢や、「なんどきもお互いが自分らしく在ること」を大事にすると、本質的な会話ができる気がする。

実践してみて思うこと

最近、こういうポイントを言語化してより意識するようになったら、友人たちが向こうからハグをしてきてくれることや、何もない日にプレゼントをくれるようなことが増えた。(気がするだけかもしれない。)

お互いに自然体でいながら、相手を思いやる、って大事やね。

ヤバいは思考停止、エモいは感性の腐敗?最近気になった言葉や文章。

2018.12.3.

あと、前に上の記事で、「愛の総量の違い」の話をしたんだけど、たまに、誰にでも分け隔てなく、めちゃめちゃ太っ腹に愛を与えてくれる人に出会うことがある。

そういう性質は、生まれ持ったものなのか、後天的に身につけたものなのか分からないけど、本当にすごいな素敵だなと思うし、そういう人こそ、教育者に向いてるんだろうなと思う。

私もいつかああやって、無条件に見返りを求めず愛を配れる人になりたい。

私は人付き合いがマメな方ではないし、遠方の友人との丁寧なやりとりとかもなかなかできないのに、それでも、いつも良くしてくれるあったかい周りの友人たちに、本当にありがとう、と思うし、もっと日頃からいっぱい愛を伝えていきたいなと思っている。

 

「パートナーシップ」とか「愛」とかのテーマは、まだまだ分かんないことが沢山あって、人の話を聞くのがとっても楽しいので、みなさんまた色々、話を聞かせてください。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。 石垣島と白川村を行ったりきたりしながら、人がよりよく生きるための学びの場づくりを模索・実践中。踊ること、対話することが好きです。