「根っこのある生き方をつくる」郡上カンパニーの平野さんたちの言葉がよかったのでメモ。

先日、「なごのや」さんで開催された大ナゴヤ大学の授業「これからの生き方を考えよう!根っこのある生き方を、ともにつくる。」に参加してきた。(写真はFBイベントページよりお借りしました。)

「未来につながる仕事を共創する」を合言葉に活動している郡上カンパニーの平野さんと岡野さんが講師で、すとんと入ってくるお話が多かったので、覚えているキーワードを書き残しておこうと思う。

ちなみに少し紹介をすると、平野さんたちが暮らしている石徹白地区は、水力発電で自分たちの暮らしのエネルギーを生み出していて、集落の2割が移住者という面白い地域だ。

今度、白川郷ヒト大学の遠足でお邪魔する予定なので、興味のある方は連絡ください。

・腹に落ちた時にやればいいんだよ

これは平野さんの言葉。「今の時代、何でも思いついたらすぐ行動するべきという急ぎ足の空気があるけど、焦って無理して始めることないんだよ」と語る姿が、自然体で優しくて、いいなと感じた。

新たな挑戦をするときや、事業を立ち上げるとき、移住するとき、なんでも初めは怖くて当たり前。いきなり飛び込むんじゃなくても、ゆっくり自分の環境を近づけていって、心身ともに「今だ」と感じられたタイミングで始めるんでいいんだと。

この界隈では知らない人はいないくらい活躍中の平野さんでも、最初は地域に飛び込むのも、脱サラも、ベンチャーも、起業も、とても怖かったそう。熱量の高い仲間たちが諦めずに声をかけ続けてくれたから今があると言っていた。

遠い存在に見える人たちも、みんな等しく葛藤しながら生きてる人間なんだなと、当たり前のことを思った。

・電通に入ったのは、コミュニケーションの白い力と政治による黒い力を知りたかったから。

これは、岡野さんが体験談の中で語っていた言葉。岡野さん自身、自身が育った家庭環境の事情などで「人生に主体的になる」タイミングが早かったこと、教育に興味を持ち始めたこと、目の前の価値を広く伝える方法を知りたかったことなどを話していて、その上での手っ取り早い学びの場として電通を選択したそう。賢い方なんだろうなと思った。

電通入社後、順調に自律神経を壊して3ヶ月休職したらしいけど、そのとき自分が動けなくなってみて初めて「自分のやりたいことができないのは、全部自分のせいだ。欲しい環境は自分で作るしかないんだから、自分の人生の都合くらい自分で全力調整してみせよう。」と思ったのが、今の働き方への転機になったそう。

精神が弱ってるときにそれに気づけるって凄い。

・「人生をかけて証明したい問い」を持つこと。

岡野さんは、「家庭環境に関係なく、みんなが自分らしく挑戦できる場とは?」という問いを持って活動をしているらしい。私の興味分野もこの問いにとても近いなと感じたし、もう一度自分の「問い」が何なのかしっかり向き合ってみようと思った。

近くにいる人と意見を伝え合うワークショップの時間もあった。

・嫌われる勇気を持つ。

八方美人している時間も手間も、本当に自分にとって価値があるのか考えるのは大事だよねという話。

・大きな共同体感覚を持つこと。

この感覚を持つことのメリットは田舎にいると日々感じるから、とても共感した。岡野さんが「共同体の基礎理論」という本をお勧めしていたので、私もこれから読むところ。

・挑戦できる土壌がある場所を選ぶ

郡上は、地域の人の甲斐性があり、自立心が強く、愛情深く支えあう若手起業家たちがいる土地だそう。いま郡上カンパニーで色々新しい挑戦をしているけれど、それは自分たちが凄いのではなく、この土地の文脈の流れにただ乗せてもらってるだけ、と話していた。

長い歴史・文化の一端を担わせてもらう責任と謙虚な姿勢を、地域の人から学んでいるそう。

・水に身を浸すことは、自分の感覚を中心に戻す力がある

郡上の土地は、川の源流であるからか、水の力が、自分の魂を素直に真ん中に戻してくれる感じがすると話していて、その感覚はよく分かるなと思った。

これは白川村の私の家の側を流れる川の写真。冷たくて澄んだ綺麗な清流。

・自分の衝動に素直に向き合える、止まり木を作ること

定期的に、1人でゆっくり人生について考える時間を持つことや、「自分が1番わくわくすることは何だろう?」と対話し合える場を持つことを、大事にすべきという話。

・都会的な逆算ベースのビジネスではなく、直感ベースの選択が必要な時代。

遠い未来に目標を設定した打算的な生き方は、もう違うのかもしれない、という話。

右肩下がりの世の中はもう止められなくて、そんな時代に、マーケティングして数字を求める右肩上がりのビジネスを頑張るのは無理がある

大切なのは、いかに自分らしい場を作るか、いかに自分が生きてる「今」に感覚を向けられるかなのではないか。

・ふるさとの定義

自分が1番無邪気でいられた場所? 自分を育ててくれた場所? ふるさとって何だろう? って議題。参加者同士でも色々な意見が出て面白かった。

「なごのや」さんの大人気商品たまごサンド。おいしかった〜

・まずは自分に根ざして生きてこう

人の意見や建前じゃなく、自分自身が心地いい方に歩こう。根っこのある生き方をする仲間を増やそう。

・黙ってても森に帰ろうとする民族が日本人

今、山や川や海の近くに人が移動し始めているのは、当たり前の流れなんだと話していた。自然なことなんだから、地域活性とか地方創生の言葉を背負ってガチガチになるんじゃなく、自分の言葉で話そうよ。

・人生を共有し合える、愛情深いコミュニティを育みたい

恥ずかしいことや弱いとこを共有できるチーム、誰と話してても本音で話せる対話の場、余計なことを何も気にせず、純粋に一生懸命に、描くプロジェクトに取り組める挑戦の場が田舎にも都会にも必要。

そんなコミュニティを育むことが、結果として、地方と都市の長期的な継続的な共創の形を生み出すことや、五感を使って事業づくりに取り組める学びの場を実現することに繋がると。共感。

・マインドフルネスが陳腐化するほどに土地に浸って生きてきた人の姿を、近くで感じること

自然豊かな土地で講座をすることに大きな意味があると言っていた。都会の会議スペースでは生まれなかったような骨太プロジェクトが、郡上の夜の川で語り合う中では生まれるそう。

人の出会いによって起きる化学変化が、誰かの人生を変える。ばらばらな多様な人が会うことで新しいことが生まれる。そしてその価値は、自然の力によって何倍にも高まるそう。

・「人の影響で生きるのをやめたら、今とても気持ちいい。」

無邪気に、心躍るように生きること。2人はその先に郡上があったそう。「自分が大切にしたいもの」に全力で向き合おう。

・絞り出すように言語化するのはやめました。

どこに行きたいのか、どこまで行きたいのか、答えがなんなのか、分からなくても、一緒に考える場を持つこと自体が、人にきてもらう理由に十分なる。だから、まだふんわりとしていて「でもきっと合ってるだろう」という自然な感覚を無理に言葉にするのは、やめたそう。

これ、日頃ヒト大で柴さんと話してる「答えが出ない感じも人間くさくて良いよね」という内容とも近くて、めっちゃいいなと思った。

・世の中の「疲れ」にあてられないように。

無意識に疲れを振りまいている人が沢山いる場所は、疲れる。

よっぽど強くないと、他人のストレスや負の感情にどうしても影響を受けてしまうから、それに疲れてるなら、気持ちのいい人がいる環境で暮らそうよ、と話されてた。

今の時代、仕事はどこでもできるから、気持ちよく暮らせる場所に住むのが1番よね。

 


 

今思い出す限りはこんな感じ。平野さんと岡野さん、お二人とも、感覚的な部分とビジネス的な思考のバランスがいい感じな方やった。郡上カンパニー凄いなあ。ヒト大も頑張ろうと思った。

良い学びの場を作ってくださった大ナゴヤ大学さん、会場のなごのやさん、ありがとうございました!

 

近くの沖縄料理屋の方とも仲良くなったから、次回はゆっくり遊びに行こうと思う。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。 石垣島と白川村を行ったりきたりしながら、人がよりよく生きるための学びの場づくりを模索・実践中。踊ること、対話することが好きです。