モノが減ると、仕事がはかどる。

今日は流行りの断捨離について。写真は白川村で1番好きな場所、大白川です。水面がスーッとしてて、水の深い青が綺麗な湖だよ。


私は定期的にどかっとモノを捨てる習性があるのですが、今年はバタバタが続いていて、なかなか家の整理ができずにおりました。が、最近やっと久しぶりに、家のあらゆる物を1日かけて減らしてみたんですね。

するとね、不思議なことにめっちゃやる気が続くんです。

余分な物が目につかないと誘惑も減るし、思考の邪魔もされないので、長い時間集中して作業することができるんですね。

「選ぶ」という行為は無意識的に脳に小さなストレスを与えている、と何かの本で読んだことがあるけど、確かに日々の小さな選択の量が多すぎると、それがノイズになってしまう感覚は分かる気がします。

東京とか行くと、建物や商品や人が溢れていて、どうやったって物凄い量の情報が目や耳を通して勝手に入ってきてしまうから、その中から自分が本当に欲しい物事を「選ぶ」ことをしなくちゃいけない。その作業の積み重ねで、心が疲れていく感じがするんだよね。

 

我が家に遊びにくる旅の人たちは、みんな物凄く荷物が少なくて、自分に最低限必要なものを分かっているし、厳選された数少ない所持品をとても大切にしているように感じます。

持ち物の少なさに比例するようにフットワークも軽いし、気分も陽気だし、「自分自身が元気ならなんくるなる」精神があるからか、モノが足りないとか残りが少ないということに対しての不安も全然無さそう。あと「良いものを長く大切に使う」という丁寧な暮らし方が伝わってきて、一緒にいて気持ちがいい。

そういう人たちと暮らしていると、ふと、いつの間にか私は随分と持ち物が増えたなあと気づきます。はじめ白川にきた時なんか、何も持っていなかったのに。

物を増やすのは「無意識」だけど、減らすのは「意識的」にしか出来ないって、本当その通り。

便利な暮らしをしようとすると自然に物は増えるもんだけど、なきゃないで、今あるものを代用しながらなんとかなるもの。何か増えたらそのぶん何かを減らす、くらいの意識をしないとなと思います。

 

ただ、白川村に暮らし始めて分かったことは、田舎暮らし・雪国暮らしは、どうしても持ち物が増えてしまうということ。

農機具やら畑の道具やら、家のDIYグッズ、車の部品、雪囲いセット、キャンプ道具、スノボの道具、寝袋、ゲストのためのお布団などなど、土の人として自然と共に暮らす上で必要不可欠なものや、風の人を迎える役割として必要なものは、減らすわけにもいかない。

全部かさばるし、年に数回しか使わないのにけっこう置き場所とられるから嫌なんだけど、ないと暮らせないから、仕方ない。

でもだからこそ、それ以外の個人の持ち物については、より大事なものだけを身の回りに置こうと思わされます。「これが無くても豊かに生きていける」というモノは、意識して手放すことが大切。

私は断捨離の時、片付けコンサルタントのこんまりさんの「ときめくかどうか」という言葉を判断基準にしてるよ

捨てるか悩んだら、それを見てときめくかどうかを考える。「あったら使うけど、ときめきはしないな」というものは勇気を出して捨てる。

家具も衣類も仕事道具も、必要最低限にすることで、単純に日々の「選ぶ時間」が短くなって1日が有効活用できるし、そこに使ってたエネルギーを、他の楽しいことに回すことができるなと感じるようになりました。

暮らしの場を整理することで、思考の純度が高まるし、仕事も捗る。

人間、やっぱり環境にとても影響される生き物だから、身の回りを綺麗にすることは心身の健康に直結するように思います。

モノも思考も人間関係も人生も、減らすことで、削ぎ落とすことで、本当に重要なことや、本質の輪郭を見つけることができるんだろう

私は心が疲れた時、部屋を綺麗にして、ゆっくりお風呂に入って、沢山眠って、プリンを食べると、必ず元気になるよ。みなさんもぜひね。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。 石垣島と白川村を行ったりきたりしながら、人がよりよく生きるための学びの場づくりを模索・実践中。踊ること、対話することが好きです。