世界遺産の村で暮らして思うこと。観光とは開発とは発展とは進歩とは。

僕が白川郷で生きているこの時代は先人の方々のおかげ様で恵まれすぎている。なんだか忙しい。忙しいとは心を亡くすと書くんだって。僕だけかも知れないけど、大切なこころを見失ってるのかも。世界遺産とか白川郷とか合掌造りだとか。そんな付加価値でし…

山本 桂諒さんの投稿 2018年11月19日月曜日

白川村 荻町、世界遺産地区の合掌集落のど真ん中で、夏はお蕎麦屋さん、冬は民宿を営む山本屋さんの3代目よしあきさんの文章を読んで、色々思うことがあったので備忘録に。

石垣島でも白川村でも、起こっている問題の構造や、暮らしている人が抱える課題意識、葛藤は、とても近いように思う。(以下、投稿内容から一部抜粋)

– – –

世界遺産とか白川郷とか合掌造りだとか。

付加価値でしかない言葉や名前・記号を本質と見誤り、僕たちはそれを便利に借りたり使ったりしながら、たくさんの恩恵を受けながら生きている。

乾いて、渇いて。

もっと開発、もっと発展、もっと進歩。

誰も先祖や歴史や文化なんかに感謝なんてしていない。利用してるだけだ。

自分たちが見てきた美しい景色や空気たちは発展とともに都会と均一化していき、この先の子たちは現風景を見れないし感じれない、磨けない。

“合掌造りなんか残されなければ自然は自然のままだったのかな。

世界遺産なんかにならなければ、豚や家畜や尊い命は下品で贅沢な観光ブランドの為に屠殺されてくこともなかったのかな。

合掌集落を守り、観光産業に手を出した先祖を恨めば楽だ、その方がいい。

汚されてくその未来を、多数の村民が望んでいるなら、反対する自分の感情は押し殺せ、、押し殺せ、、”

今の不自然な政治や社会を、大切な人たちが暮らしていく未来を、慣れで済まし諦めていくなんて同調に屈するなんて、悔やんでも悔やみきれないじゃないか。

嫌いだから怒るんじゃない。大好きだから怒るんだ。

ご先祖様が生きた過去も、子どもたちが生きる未来も、全部含めて家族が生きる今が何よりも大切と思っているので、

何がより良い未来なのか、

頭(サイエンス)だけじゃなしに、

肚(アート)で極めようと思います。

伝えて生きようと思います。

大切な村や、子どもたちや、未来を想ってます。

造られてくものよりも 産まれてくるものの方が大切で、変えることよりも 移り行くことを美しいと感じていたい。

ダサい背中で生きるぐらいなら、嫌われることなんて大したことじゃない。だからこれからも、想いを書くよ。

– – –

先日わたしがお邪魔した竹富島(白川村と同じく伝統の息づく歴史ある地域で、観光開発問題に直面している)で、案内をしてくれた阿佐伊さんが後日送ってくれたメッセージの中に書かれていた

「地域を知らずして世界をみることはできません。

むしろ、自らが生まれた地を深く知るにことによって、ようやく世界を俯瞰することができるのです。

ぜひとも、白川村から大いに学び、白保村に活力を注いでください。」

という言葉を、反芻する。

私は無力で何にもできないけど、

考える時間は沢山ある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身。早稲田大学進学のため上京。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。24歳の冬に単独の交通事故をおこして、岐阜・東京の病院での入院・リハビリを経て、25歳現在は地元の石垣島北部にある実家で療養中。 対話・福祉・コミュニティ形成などに興味があります。白くまアイスと、味噌汁と、踊ること、撮ること、書くことが好き。