島育ちの18歳が東京に住んで思った、自分に合った「暮らしの場所」を選ぶ大切さ。

今日は、大学進学のために地元石垣島から上京した18歳の頃の話をします。

東京へ出発する日、石垣空港にお見送りに来てくれた友達や後輩たちと。

とっても楽しくて、ちょっと虚しかった東京生活

18歳の春、沖縄から上京したばかりの頃は、東京にある全てのことが新鮮でした。

高いビルも、若者が沢山いる大学も、システム化された駅も、次々やってくる電車も、街中にある派手な広告も、お洒落なバイト先も、島には無いものばかり。

毎日の刺激的な出会いに興奮して、都会の豊かさを満喫していたことを覚えています。

でもその反面では、どこに行っても空や地平線が見えなくて、人や建物やものがぎゅうぎゅうで狭くて、音や言葉や情報が溢れかえっている環境に疲れ、感じる力がシャットダウンされて自分の輪郭さえ分からなくなるような感覚に、不安になったりもしました。

笑顔に温度感が感じられない人や、自分の言葉を話していないような感じがする人、顔色の悪い人が多いのも、なんとなくしんどくて。

満員電車も、あれだけパーソナルスペースに踏み入った至近距離で人が立ってるのに、お互い挨拶もせず無関心・無感情な感じがとても怖くて、その日常に慣れていってしまう自分にも、ちょっと気持ち悪さを感じていました。

私は海とか山とか湖とか、だだっ広い場所が好きなんですが、東京では住んでる家が狭かったので、ホッと一息つきたいときはお気に入りの静かなカフェや本屋や庭園に行って、穏やかな時間をわざわざ作っていました。

でもそんな行動の1つ1つにもお金がかかるので、田舎から上京して来た学生には、いちいち心配がつきまとっていて。

常に何かに追われて急かされているような気分になり、サークル活動やバイト、インターンなどの予定を休みなく詰め込んでいました。

でも、そんな目的も見つからないのに頑張る感じが、小さなストレスになって溜まって行っている実感もあって。

東京という場所は、自分の叶えたいことやスタンスがはっきり決まっていれば楽しく生きられるけれど、自分の軸が定まっていない未熟な人間にとっては、余分なものに誤魔化されてなんとなく時間だけが過ぎてしまう場所なんだ、と危機感を覚えました。

沖縄の暮らしでは、海も星も風も空も山も、動物も魚も虫も人間も、音楽も芸能も祈りも、子どもも大人も、全部一緒に生きていたのに。みんなが同じ言葉で話せたのに。

ここでは違うんだなあと寂しくなり「人のメンタルは環境にかなり影響されるみたいだ」と暮らす場所を選ぶ大切さを初めて実感しました。

自分が思い描く生き方に、環境から寄せて行こうと思った。

島にいる頃は、自殺などの悲しいニュースを聞くたびに「どうして死のうとまで思っちゃうんだろう。みんな島に来たらいいのに。誰も責めないし、この広い海みてたら死ぬほどのことはないって思うだろうにな。」とよく思っていました。

でも、東京での生活を通して、誰しもが住環境や職環境、周りの人間関係、時代の流れに、多大な影響を受けて生きていて、だからこそ自分のコンパスの調子が悪いときは、かんたんに環境の磁力に狂わされてしまうということを知りました。

「それなら、自分が描く生き方に合わない場所で孤軍奮闘して頑張るのはそもそも無理があって、周りの環境から理想の暮らしに寄せて行くことの方が、手っ取り早いのでは。」

そう思って、”ここはなんか違うかも。学びたいことが見つからないな。” と感じていた東京を一旦離れて、そのタイミングでご縁があった岐阜県の白川村という山村に引っ越しました。

・・・と、それが3年前の話で、私は今もその村で暮らしています。

ここでは幸せなことに、自分の学びたいことを仕事にできる環境があって、心豊かに暮らしている人が周りに沢山いて、山と川に囲まれた広い家があり、好きなことに没頭する時間を持てていて、3年前に抱えていた不安や不満は、いつの間にか消えていました。

もちろん今は今なりに、新たな課題や挑戦すべきことがあるけれど、今こうして自分の選択に納得感を持てているのは、あのとき「まだ何者にもなれてないけど、取り急ぎ暮らしの環境を変えてみた」ことが大きかったと思っています。

自分の手で1から暮らしを作り上げる力がない人ほど、自分の求める生活を実現できそうな場所やコミュニティに飛び込んじゃう方がめっちゃ手っ取り早いし、大事なことなんだと思います。

ミスマッチな場所で1人で戦って頑張るよりも、環境や周りの人から寄せて行くほうがずっと早く幸せになれる

日本中の皆がそれを実行できれば、東京にあんな顔色の悪い人はいなくなるのではないかな、と思います。

ベストポジションは人それぞれですが、田舎でも都会でも海外でも、動き出せば誰でも、良い環境とご縁が見つかると思うのです。

私は東京で過ごした時間も、自分にとってのベストタイミング・ベストチョイスだったんだなと今は思っていて、あの経験がなければ白川村へのご縁は繋がらなかったし、都会の豊かさも面白さも知らないままだったなと思っています。

どんな土地にもすてきな人はいっぱい居て、「今」をちゃんと自分らしく生きてさえいれば、次に会うべき人と必ず巡り会えるようになってる気がする。

正しい未来の形なんて常に分からないものだから、その瞬間瞬間の直感を大事に生きることが、きっと幸せへの1番の近道なのだろうと思います。

これからもずっと、自分の求めるものとしっかり向き合って、日々きちんと思考を整理してベストコンディションで人生の決断をしていきたい。いい選択は、心身の健康から。

では、今日はこの辺で。おやすみなさい。

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ABOUTこの記事をかいた人

沖縄県石垣島出身の早稲田大学生。地域づくり・教育について現場で学ぼうと、19歳のとき大学を休学して岐阜県白川村に移住。 石垣島と白川村を行ったりきたりしながら、人がよりよく生きるための学びの場づくりを模索・実践中。踊ること、対話することが好きです。